雨の日は読書を

(H13.1〜)
書籍名著者出版社名読書
期間
感想備考
伊藤博文暗殺事件大野 芳新潮社H15.
10.08
・・
10.17
 明治42(1909)年10月26日、枢密院議長・伊藤博文は、ハルビン駅に到着した直後、暗殺された。排日思想をもつ韓国の独立運動家・安重根は、狙撃者とされ、その翌年に処刑された。しかし、この単独犯行説にたいして、疑いをはさむ者は少なからずいた。なかでも、伊藤に随行した貴族院議員の室田義文は、伊藤が右肩から斜め下にかけて撃たれていることから、2階から狙いを定めなければ不可能であり、1階にいた安重根の位置からは果たしえないと、伊藤遭難から35年をへて証言している。副題を「闇に葬られた真犯人」としている。
 清国領内のロシア租借地ハルピンで韓国人が日本の用心を殺害した事件は、ロシアニコライ皇太子が大津で襲われた大津事件の逆になるが、日ロ両国間にひずみが入らぬように日ロの秘密条約により日本側での裁判になり、安重根も伊藤博文を出迎えたロシアのココツェフ大蔵大臣により速やかに日本側に引き渡された。
 著者はこの事件を通して日本をはじめ韓国、ロシアの要人や官僚、独立運動家、右翼、地下でうごめく人物たちを追いながら、日韓併合前夜のそれぞれの思惑を踏まえ、凶行を画策した人物に迫ってゆく。外交機密文書を精査することによって、徹底究明という名目のもとに排日派韓人を把握しようとする外務官僚や密偵の動きを浮かびあがらせる。しかし日韓に日露の問題がからみ、風雲急を告げる時期、山本権兵衛が真相究明に反対して「政治決着」がなされた観は否めない。
 安重根が発射したとされる弾丸の一発が、東京の憲政記念館に秘蔵されている。その弾丸の鑑定を銃の専門家に依頼するなど、著者は真相を追う。伊藤暗殺には、複数のヒットマンが関わり、銃を用意したのはロシア人の退役中佐ミハイロフであり、揚成春なる人物と安重根の連携による実行であると一応の結論づけをしている。
 当時の韓国の親日派と排日派の争い、親日派と日本右翼とのつながり、排日派とロシアのつながり、排日派同士の争い、日韓併合派と伊藤らとの確執、日韓清露それぞれの内情と思惑がよく見える。
 日韓併合に消極的だった伊藤が暗殺され障害が取り除かれ推進派には好都合となった。著者は、後藤新平が未必の故意による「暗殺計画を提供した張本人」ともいい、その後に韓国を併合して武断統治が断行されたことから山県有朋を疑う説も紹介している。疑えば日本国内にもきりがないほどいる。安重根は従容で実に肝の据わった立派に人物として描かれており、当時の日本の法務院の関係者の中にも心酔したものが多かったとか。
 ケネディ暗殺事件を思い出したが、結局オズワルド1人の犯罪でふたを閉められてしまった。何か通じるところがあるようだ。それにしても、時の小村寿太郎外務大臣が裁判にまで介入し、現在の外務大臣と比べると隔世の感がある。
 多岐にわたる取材をすることによって、著者は歴史の闇の深さをあらためて思い知らされたようでもある。朝鮮併合前の日本と朝鮮との関係を裏面から物語る力作で、新資料を基に、秘匿された日韓外交史の全貌を暴き、当時の極東情勢を浮き彫りにする衝撃のノンフィクションである。当時の資料のカタ仮名をひらがなにし、さらに現代語で置き換えているのでわかりやすい。
図書館
ゾルゲの見た日本みすず書房編集部みすずH15.
9.30
・・
10.04
 日本が戦争への道を歩んでいた1933年(昭和8年)、ドイツの特派員として来日したリヒャルト・ゾルゲは、当時のソビエト共産党の指令のもと諜報活動をはじめた。8年後、日本の警察に逮捕され、連座した尾崎秀実とともに処刑されるが、本書はその間にナチ統治下のドイツの専門誌に寄稿した日本研究論文と、モスクワに送った秘密通信を主として構成されている。
 ゾルゲの日本でのスパイ活動の任務は、日本がソ連と戦う意志があるかどうかの見極めであつた。日本の進出はソ連でも南方でもなく中国に集中していると見方であり、その見解のもと、ソ連は東部戦線を手薄にして、ドイツとの闘いに勝利した。しかし、ゾルゲは日本と米英とは戦いえないと予測していた。ゾルゲがドイツの雑誌に寄稿しながらも、ソ連への諜報活動に協力しようとしている姿勢が文体からもうかがえる。ゾルゲは、日本の歴史と農業問題にスポットを当て、日本の歴史の知識があれば、今の日本の外交政策も容易に理解できると言っている。また、農業問題から、日本の軍部の実情を的確に評価している。
 最初の「日本の軍部」というリポートの冒頭で、彼は「日本の目下の情勢はその近世史上最も困難な一つである」と前置きし、産業の危機と矛盾、軍事支出による国家財政の圧迫という情勢にもかかわらず、日本には政治上の指導者がいないという。政府は力量も決意もない。政党は汚職と内部抗争のため退化し、官僚は無能である。国家社会主義的色彩をおびた若い組織は分裂し、中世的ロマン主義的陰謀にエネルギーを空費している。将来の変革に決定的役割を演じるのは軍部であろう、と予測する。
 巻末には、戦後の冷戦構造にまで影響をあたえた「ゾルゲ事件」の全体像を包んだ、小尾俊人「歴史のなかでの「ゾルゲ事件」」を付しているが、極東軍事裁判でも論戦が交わされており、冷戦が始まった米ソ関係で、米国は反共のために裁判記録を押収している。
 最近、ゾルゲが映画化されたが、本書では、尾崎秀実に関する内容はごくわずかである。同じ版元から30年以上も前に出版された「現代史資料」の一冊からの再録ということだが、なぜか新鮮味を感じた。
図書館
神様の墜落江波戸哲夫新潮社H15.
9.22
・・
9.27
 副題を「そごうと興銀の失われた10年」として、悲願の売上げ高日本一に輝いた8年後、巨大百貨店がなぜ破綻したのか、当時の関係者が初めて明かした新事実からに深くメスを入れた迫真のドキュメントを描く。
 水島廣雄が興銀から「そごう」に副社長として入社した当時の「そごう」は、全国に3店舗しかない三流百貨店。「有楽町そごう」の賃料を読売新聞社主正力松太郎と差しの直談判で値下げさせ、トップの座に就いたのは50歳。その後30年で売上げ高日本一のデパートまでに押し上げたが、バブル崩壊とともに破綻した。中大出身の水島は、興銀時代に、「企業担保法」の法律の基になった論文で法学博士号を取得したが次長止まりで、行内の東大閥に嫌気をさして「そごう」に入社した。私は、興銀から「そごう」に副社長として送り込んだと思っていたが、メインバンクとなったのはずっと先のことであったのを知った。
 友人から、大都市から一定の距離を置いて虹のように取り囲んで出店すれば、その店は必ず成功するとい「レインボーの法則」を聞き、東京を取り囲む国道16号線沿いの都市に出店しようと考える。手始めは「千葉そごう」、地元百貨店からの反対が強力だったが、友納知事ののアドバイスで、独立法人とさせ、税金も地元に落ちるようにした。東京志向の強い千葉の田舎に「都心のムードでしゃれたお買い物」をうたい文句に大成功をする。以後、出店は独立法人の形をとる。その後「いよてつそごう」、レインボーの法則に沿う「柏そごう」と急拡大し、各地から出店の要請が舞い込んでくる。そして売り場面積世界一を誇る「横浜そごう」へとつながる。「千葉そごう」では社内のほとんどが出店反対だったのに、それ以降の出店は、水島のオーラーに目が眩んだように賛成一色にまとまり、水島のカリスマがつくられた。
 銀行の融資は、興銀は国策銀行という性格から躊躇していたが、長銀が「千葉そごう」に融資して成功したことから、その後は興銀も融資に加わり、やがて両行はメインバンクとなり、融資が拡大する。その後、出店計画は、水島の人脈を活かして、バブルの発生とともに、国内、海外と怒濤の勢いで進み、無謀ともいえる資金供給を続ける名門銀行の融資残高は巨大になった。新宿駅南口への進出(後に高島屋が進出)は、興銀・長銀が融資に応じないことから断念したが、そごうの破綻に象徴されるのは、「錦糸町そごう」への進出だった。
出店攻勢で築かれた消費の王国「そごう」は、バブル崩壊と共に虚飾の相貌を露わにし始めた。長銀も破綻をきたし、片肺飛行となった興銀は、トップの退陣と再建計画を強く迫る。しかし、水島の頭にはいつか消費が拡大して回復するという気持ちが消えなかった。最後は水島と興銀の闘いに、水島の個人保証、銀行の債権放棄、民事再生法の申請、そして刑事訴追、逮捕へと進み、ついに神様は墜落した。
 「柏そごう」をよく利用するため、柏への出店進出に興味が沸いた。柏進出に当たり「そごう」は出遅れていたが、他の百貨店は、副社長や専務が日参するのに、「そごう」は水島会長が自ら足を運んだことが、当時の柏市長に気に入り決定したそうだ。興銀からはそごうの破綻に関して責任を取るものは誰もいなかった。なぜだろうかという思いが残った。
図書館
石原莞爾
その虚飾
佐高 信講談社文庫H15.
9.16
・・
9.20
 以前から石原莞爾がなぜかくも注目されるのか興味があった。関東軍の事実上の指導者でありながら、戦犯とはならない。しかも世界情勢の分析にも優れ、世界最終戦争を予言する。相変わらず崇拝者も多いという。ずばぬけた頭脳を持ち、日本陸軍史上最大の知謀と評された石原莞爾。時代を先読みし、対中国戦争不拡大を唱え、東条英機を批判したなどから、平和主義者のように偶像視され、「石原讃歌」は今なお続く。
 しかしこの風潮に対して、石原と同郷で、辛口の人物批評には定評がある佐高信氏が、真っ向からその欺瞞性を批判し、石原の行為は満州事変の火をつけ、「放火犯の消火作業」という本質を鋭く喝破する。
 満州事変を画策した張本人が日本を15年戦争に引きずり込むきっかけを作り、太平洋戦争で破滅させる過程を客観的に理解することができた。矛盾に満ちた彼の行動の軌跡を通して背景にある昭和初期の時代を垣間見ることができる。後世を思えば2.26事件の時に上官に対しても毅然として反乱軍の鎮圧を主張した爽快、明確な姿が他の局面でも発揮されていればと残念に思うのは私だけではないだろう。
 莞爾否定の論考はよく理解できるのだが、ではなぜ、いまだに崇拝者がいるのかということの説明はできていない。莞爾の私的な面での掘り起こしがないことも不満な点である。
 元通産次官の佐橋滋、最後の海軍大将の井上成美、留学生の父といわれる穂積五一、石橋湛山らと対比させ、人物評価しているのもおもしろい。石原の提唱した王道楽土・五族協和の国家は「日本第一主義」だと言うことがよく分かる。
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仏教が好き!河合 隼雄

中沢 新一
朝日新聞社H15.
8.20
・・
8.25
河合隼雄は、冒頭で「近年、欧米で仏教への関心が急速に高まっているという。西欧的な価値観が随所でほころびを見せはじめているいま、人々は仏教に新しいヒントを求めているのかもしれない。だが、われわれ日本人のなかでも、仏教とは、その魅力とは何かと問われて答えられる人はそう多くないはずだ」と言っている。
そこで、こうした問題をとことん考えてみようとするのが本書。みずから仏教に帰依する宗教学者・中沢新一に臨床心理学の大家・河合隼雄が講義を受けるというかたちで、仏教の本質を探る。性と戒律、科学との関わり、幸福の捉え方、キリスト教やイスラム教との比較など、あらゆる切り口で対話がかわされるが、気心の知れたふたりの語り口がなんとも軽妙で、楽しんで読める入門書になっている。のみならず、新時代のためのユニークな仏教論ともなっているのが、やはりこの両人、ただ者ではないと思わせるところだ。
中沢の表現を借りれば、仏教は「宗教ではない宗教」「宗教の先にある宗教」だという。ほかの宗教が人間と神との間に決定的な線を引いているのに対し、仏教のみがそうした断絶をつくろうとしない。ブッダはあくまで悟りを得た人間であり、絶対的な神ではないのだ。また、世界規模の宗教で「動物を殺してはいけない」と教えるのは仏教だけである。動物と人間のあいだにさえ、圧倒的な差異を設けていないからだ。このようにあらゆる超越性や断絶を否定する姿勢が仏教の魅力であり、21世紀の宗教として期待されるゆえんなのだろう。
仏典には「幸福」にあたる言葉は出てこない。一番近いのは「幸(さち)」や「楽」という概念。西洋的な幸福は我執に含まれるが「楽」は我執を捨ててこそ生まれる。そして、「仏教とは楽になるための正しい教え」ということを、中沢はチベットの僧にこう教えられたという。「楽」とは自分の心を制御することでつくられる安定した状態のことだ。深まる一方の混沌から抜け出すために必要なのは、このことばで表されるような真の心地よさを追求することかもしれない。
 「経済学というのは人の幸福を追求するものだが、その最終目標のイメージを西洋的な論理でやってきたから行き詰まっている」。経済再構築への新たな視点が仏教にあったとは、なるほどという感じ。さらにオマケの「釈尊と弟子のセックス問答集」には、こんな内容が教典の中にあるとはビックリした。
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メルトダウン高嶋 哲夫講談社H15.
8.05
・・
8.11
 カリフォルニアで、「デイリー・カリフォルニアン」の副編集長を務めるケンジのもとに匿名の手紙が届く。封筒の中には、複雑な幾何学模様が描かれた図面が入っていて、裏にはホームページのアドレスと7ケタの数字とアルファベットが書かれていた。調べると、その図面は、新型核爆弾の設計図だと判明。そしてケンジは、指定されたホームページを開き、ウィリアムズという核科学者を知る。
 同じころ、「ワシントン・ポスト」政治部の記者ウォーレンは、5日前に起こった大統領補佐官カーリーが死亡する事件に悩まされていた。補佐官が死亡する12時間前、ウォーレンのもとには、カーリーを名乗る男から電話があったのだ。大統領補佐官は何を伝えたかったのか……?
 2人の新聞記者を発端に、全米が恐怖の渦に陥っていくさまには息をのまずにいられない。やがて2人は出会い、この接点から事件の解決に向けて、ストーリーの山場を迎える。背後には、来年の大統領選挙をにらんだ、軍縮派と軍拡派との確執が。裏には、合衆国政府、CIA、FBIの暗躍が見え隠れする。これに糸を引いていたのが兵器産業。  ウォーターゲート事件を思い起こさせる、メディアと政府との息づまる攻防もリアリティーに満ちて迫力満点。イラク戦争でアメリカのネオコン派と穏健派と確執を浮きだたせている。サントリーミステリー大賞受賞作家が放つ最新長編サスペンスといえる。
 タイトルを見て、作者が得意とする原子炉・原子力発電に関するテーマのものかと思ったが、ちょっと違った。緊張感が心地よい作品である。
図書館
軍艦武蔵
(上・下)
手塚 正己太田出版H15.
7.08
・・
7.20
 大艦巨砲主義が非難を浴びる中、戦艦「大和」の姉妹船、世界一の巨艦「武蔵」が三菱重工長崎造船所で、平成18年8月完成した。本書は平成13年3月の武蔵の起工以来、建造、艤装に従事した関係者、さらに出撃した「武蔵」の乗組員など膨大な関係者へのインタビューと克明な資料調査をもとに描き出しており、戦記としても、小説としても、ノンフィクションとしても一級である。涙あり、笑いありの実録小説でもある。
 ストーリーは、武蔵の建艦から始まり、呉から出動し本土に帰還すること3度。最初は山本五十六長官の遺骨を護送し、天皇の行幸を仰ぎ、2度目はマリアナ沖海戦のパラオで米潜の魚雷を被弾しその修理で。その間トラック島やリンガ泊地で出動訓練に明け暮れ、最後の出動は、「謎の反転」で有名な栗田艦隊第一部隊に「大和」とともに参戦し、レイテ湾に向かう途中シブヤン海で、米機動部隊の5波にわたる猛撃を受け、炎上沈没した。「武蔵」は、大した戦いをしないうちに、連合艦隊の航空機の応援も一度もなく、沈没してしまったのである。
 乗員はほうほうの体で脱出・漂流し、海戦の途中救助した重巡「摩耶」の乗員を合わせて、約1,900名弱が「清霜」「濱風」の2隻の駆逐艦に救助される。([出撃時]2,399名、[戦死・行方不明者]1,023名、[生存者]1,376名(内入院者約70名)、この他、[重巡「摩耶」からの武蔵への移乗者]607名、[戦死・行方不明者]117名、[生存者]490名)  その後、救助された乗員はいったんコレヒドール島に上陸し、その後マニラで何とか本土に帰還をめざす。最初の「さんとす丸」に乗り組んだ武蔵乗員420名は、再度米潜の襲撃を受け沈没・漂流し、120名が生還する悲惨さ。(全体の被害は生還者808名、未生還者804名)。その後米軍の攻撃によりマニラから陸兵とともにルソン島の山中に逃げ、彷徨・飢餓の生活を強いられ、終戦時まで生き延びたのは当初の1500名から30余名、この内「武蔵」乗員はたったの2名という悲惨さ。
 まさに下巻は、「武蔵」の沈没から始まり、駆逐艦の沈没と乗員の脱出・漂流・救助の連続である。沈没の様子、退去命令が出てからの乗員の行動が悲喜こもごもに描かれている。「武蔵」の船尾が持ち上がり、そこから船体の牡蠣殻の上を大怪我をしながら滑り落ちる様は、タイタニックより迫力がある。海軍にもそんなに泳げない人がいたのかと不思議に思った次第。
 まあ、強いてあげれば、この本の主人公は「武蔵」甲板士官の野村治男大尉と駆逐艦「濱風」武田光雄大尉といったところか。戦記物の艦隊を描いたもので、これほど詳細に書かれたものは久しぶり、大作と感じている。
 下巻には、巻末に戦艦武蔵の艤装図と地図が載せてあるが、それを知らずに上巻を読んで、今一理解するのに失敗した。早く気がつけばよかった。
図書館
銀行が喰いつくされた日共同通信社社会部講談社H15.
6.16
・・
6.20
 「りそな」への資本注入を機会に、以前の銀行への資本注入の結末が知りたくて、本書を読んだ。銀行は誰にどのように喰われたのか!? 長銀と日債銀が破綻するまでの全経緯を多くの証言から再現。判断できない経営者、バブル再来を夢見る行員、群がる闇の紳士たち、そしてハゲタカ外資…。
 日本長期信用銀行約3兆6000億円、日本債券信用銀行約3兆2500億円の税金が「両行救済」という名目でドブに捨てられるように注入された。長銀と日債銀が破綻するまでの経緯は、両行のずさんな融資や経営者の無策ぶりに加え、銀行を喰いつくさんとばかりに群がった政治家、官僚、暴力団・総会屋など闇の系譜の存在をも衆目にさらすことになった。
 不良債権処理が、いつまでたっても解消せず、銀行破綻。繰り返される現代日本経済金融の病巣をえぐる実録ノンフィクション。
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原理主義とは何か小川 忠講談社現代新書H15.
6.2
・・
6.10
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教などで原理主義がいかにして形成していったかを解説している。キリスト教的価値観から胚胎したアメリカなど、各国の現状を明かし、世界を読み解く新しい視座を提供する。
 米国におけるカソリックとプロテスタントの歴史的な関係から、9.11事件を契機にキリスト教原理主義がいかに台頭していったか。米国のキリスト教原理主義は、聖書に科学的解釈を加えるのを拒否する一派が、聖書を字義通り読むべきであると主張することによって生まれた。エジプト、イラン、インドネシアにおけるイスラム教原理主義運動、インドのヒンズーナショナリズムとイスラムとの対立、
 副題に、「アメリカ、中東から日本まで」として、原理主義はイスラム教だけの現象ではない。では、日本に原理主義は存在するか。欧米社会では特定宗教による宗教政治思想や運動がないから原理主義は存在しないと考えているが、明治維新、国家神道は日本の原理主義。吉田松陰が日本の原理主義の系譜の出発点とも。そして戦中の国粋思想も原理主義に当てはまるように思える。
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地下鉄に乗って浅田 次郎講談社文庫H15.
5.22
・・
5.29
 またまた、浅田次郎。主人公の小沼真次は、戦後に成り上がった大財閥「小沼産業」の経営者の次男。兄は自殺し、後継者として期待されるが、専制君主の父親に反発して家を出、今は下着問屋のセールスマンをしている。主に地下鉄を利用し、都内の水商売の女性たちに怪しげな下着 を売って歩く。家には母と妻、子供がいる。会社の専属下着デザイナー・みち子とは愛人関係。ただし、著者は「愛人」という言葉は使っていないし、この言葉の持つ、ねばついた淫靡な雰囲気はまったく感じられない。
 ある日のこと、真次は永田町で降りて地上に出ると、周囲の風景 が一変していることに気づく。永田町ではなく、生まれ育った新中野、それも東京オリンピックの時代の新中野にタイムスリップする。その後も真次はタイムスリップを繰り返す。そして、みち子も… …。東京オリンピックの時代から焼跡・闇市の時代に遡り、さらに は敗戦直前の満州へと行き来する。それは日本の現代史を象徴する 時代であるとともに、真次の父の生きた時代でもあった。
 そこで出会う人々−新中野の駅で、地下鉄の線路に身を投げて 自殺した兄、闇商人の「アムール」、娼婦の元締め「お時」−が物語の結末に向けて、真次やみち子とどのように結びついて行くのか・・・・。
 おそらくこれは、憎しみ抜いた父親との和解の物語なのだろう。親子の関係を離れて父親を見るために、タイムスリップという仕掛けが用いられたことは間違いあるまい。憎み続けてきた父親の過去に遭遇し、知らなかった彼の一面を垣間見る−という、ありがちといえば思いっきりありがちな物語なのですが、でもありがちなストーリーをありがちに処理しながら、なぜか独自の世界を作り上げ、読者を引きずりこんでしまうのが、浅田氏のすごいところ。
 吉川英治文学新人賞受賞作。戦前、戦中、戦後の世界を生き抜いた男のドラマに惹かれたのはもちろんですが、ラストのはらはらドキドキな急展開や、兄の自殺した理由を探るミステリ的要素、主人公とヒロインとの悲しいラブストーリーも盛りこみ、エンターテイメントとしても一流の浅田流大人のファンタジー。
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逃亡作法東山 彰良宝島社H15.
5.6
・・
5.19
  死刑制度が廃止された近未来の日本。「キャンプ」と呼ばれるようになった刑務所では、囚人達の自由が大幅に拡大され、囚人達は農作業など従事している。日本の農作物の5割が受刑者の労働によって作られるようになっているという。しかし脱獄すると、電波によって、目玉が飛び出してしまうという訳のわからないシステムによって囚人達は縛られている。このあたりの設定は荒唐無稽だがそれなりに面白い。そして死刑が廃止されたことによって、連続殺人の犠牲者の家族などは犯人を許すことができない。そこで家族達は、囚人を狙ってキャンプの襲撃をたくらむ。
 一方、キャンプの囚人たちも脱獄を図る。欲に駆られ結託と裏切りを繰り返す脱獄囚たちを描く。脱獄してからが本題であるが、脱獄するまでの描写が新鮮でそれなりに面白いのにくらべ、脱獄してからのストーリは、場面の転換が急で意味不明の部分が多く、よくわからない。最後まで読むのがやっと。  作者ひとりが悦にいっているようで、ついて行けないしついて行く気にもならない。だいたい物語として破綻しているのでは?本書が「このミステリーがすごい!」大賞の銀賞に選ばれたいきさつがあるが、巻末の書評など褒めすぎであり、何かしらの賞をとるほど一般受けするとは思えない。
図書館
理由宮部みゆき朝日文庫H15.
4.16
・・
4.25
 荒川の一家4人惨殺事件を扱ったルポという体裁になっている。その事件の顛末の一部始終を小説の語り手が、時に語り手自らが、あるいは関係者らの口から語る一寸趣向を凝らしたストーリーの展開で小説は進行する。ノンフィクション仕立てにして、ライターが事件の関係者をインタビューする形式で作品は書かれている。それに本書はサスペンス的小説で、推理小説ではない。誰が陰惨な殺人事件の犯人なのかは途中で早々と分かってしまうのである。だから謎解きの楽しみもない。作者の意図は、もっと別のところにあると思われる。
 誰が誰を殺したのか。最初は、いかにもこの人物が犯人と思われる人物に焦点が合わされる。マスコミも、その人物を犯人扱いして報道する。が、事件当夜の経緯が詳細に検討されることで、当初は予想されなかった人物が浮上してくるのである。
 この辺りの綿密な検証や推理は、一級の推理小説のような緊迫感があり、読ませてくれる。警察の捜査が非常に好意的に描かれているが、関係者が夢に現れただけで、本当に警察は捜査するだろうか、という疑問は残る。小説の焦点が警察(の捜査)に当てられているわけではないから、敢えて格別警察への批判(共感も含め)を描き込む必要はなかったのだろう。
 この事件の特徴は、実は殺された4人というのが、一体誰なのか分からないことにある。一応、名前はすぐに判明するのだが、いわゆる裁判所の競売物件によくある占有屋ということで、それぞれ過去に経緯のある人物達であり、実名を隠して占有していたのである。従って、一体、それら4人はどういう人物達なのかを追及していくことで、事件の周辺に絡まる色々な人間模様、家族模様が織り成す微妙な心の葛藤が詳細に描かれて面白い。 実際、この小説を読んでの感想で、家族とは何かを改めて考えさせられたというものが多かった。小説の中では5つの家族模様が語られている。多くは不幸だったり、重かったりして、家族がバラバラになっていく過程が、それぞれ当人たちの口で語られるのだから、そういった感想を持つのも不思議はない。
 また、事件に関わる人々の家族、生い立ちなどが事細かに語られる。事件の本筋とはほとんど関係ない部分が、丁寧に描写されていく。事件に関係したすべての人に、それぞれの事情があり背景があり考えがある。共感できるものだったり、嫌悪を感じるものだったりする。夜逃げをした家族、と一括りにしてしまいそうなところを、夫の、妻の、子供の生活と考えを描くことによって、個々の人物を描き出す。もしかしたら、作者のこの小説を書いた意図の半分は、そこにあるのかもしれない。女性ならではの感性が感じられる。 犯人の若者がとんでもない事件を引き起こすかもしれないという杞憂から、敢えて篠突く雨の中、赤子を胸に抱えて現場に飛び込んでいった女は、その惨劇の場を目の当たりにして、占有屋仲間を殺してしまった若者と出会うのだ。そして、勢いの余り若者を彼女が突き落としてしまう結果になるのだ。それにしても、マンションのベランダは手すりが高くなっている。超高級マンションのベランダで女性の力でそんなに簡単に落ちてしまうのだろうかとの疑問は残る。
 様々な事情を持った家族が一緒に暮らす「理由」、一緒に暮らさなければならない「理由」。この2つは大きく違う。さまざまな「家族」の「理由」これが本書のタ イトルの意味ではないだろうか。
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中東百年紛争
パレスチナと宗教ナショナリズム
森戸 幸次平凡社新書H15.
4.4
・・
4.10
 オスマン・トルコ帝国末期から100年近くに及ぶ中東の紛争は、パレスチナを中心にますます激化しつつある。その核となっているイスラムを機軸にした宗教ナショナリズム、そして対米同時テロまでをも生み出した背景とは何か。中東が歩んできた軌跡、米国とイスラエルの政策の変遷を追いながら絶え間なき紛争の真実をえぐり出し、解決に向けた今後の展望を考える。
同時多発テロの根源である中東紛争の軌跡を追い、その中心であるパレスチナ問題が激化する背景にあるイスラエルや米国の政策、深化する宗教ナショナリズムなどを解き明かす。中東紛争の国際テロリズムのルーツ、パレスチナの風土と住民、台頭する宗教ナショナリズムにメスを入れ、最後に日本の中東外交と和平評論の検証を行っている。
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シェラザード浅田 次郎講談社H15.
3.24
・・
4.2
 また、浅田次郎を読んでしまった。世界最高の豪華客船として生まれた弥勒丸は軍に赤十字船として徴収された。弥勒丸の乗員のほとんどが日本郵船の社員で、船の内装も豪華客船の名残をほとんどそのままに残していた。弥勒丸はソビエトで受け取った食料を南方の捕虜施設に運ぶための航海に着く。それは枢軸・連合両軍により安全な航行権を確保された、決して攻撃されないはずの航海だった。
 しかし航路を外れた「弥勒丸」は台湾海峡で敵潜水艦の魚雷攻撃を受け沈んだ。内地へと向かう2千名を越える民間人を乗せたまま。シンガポールから現在の価格で2兆円の金塊を載せて、急きょ上海に向け針路変更をした。連合軍は内密をキャッチしていたのか。
 「弥勒丸」の引き上げの話を持ち込んできた謎の中国人「宗英明」とは誰か。元エリート銀行マンでヤクザの企業舎弟金融業社長の軽部と、同じく専務で元自衛官の日比野のもとに、とんでもないプロジェクトが持ちこまれた。軽部の恋人だった元辣腕新聞記者の律子も仲間に加わって、情報網と人網をフルに使って調査を開始する。2兆円の金塊を積んだまま沈ん客船を百億円をかけて引き上げようという巨大なプロジェクトの裏になにがあるのか?
 物語は、軽部たちがいる現在の章と、極秘任務をおびて出航した弥勒丸の終戦直前当時の章と交互に進行する。政治、民事、そして裏社会のフィクサー達により語られていく在りし日の弥勒丸の姿が現れる。また、弥勒丸に対する船乗り達(軍に徴集された日本郵船の社員達)の愛情がとてもよくも描かれている。
 沈んでしまうとわかっているから、よけい、船を愛し、守ろうとする船員たちの思いに胸が打たれる。美しい貴婦人のように優雅で完璧だった弥勒丸。この物語の本当の主人公は、悲劇の末路をたどったこの貴婦人なのかもしれない。「タイタニック」を彷彿とさせるストーリーの浅田ワールド。
図書館
壬生義士伝
(上・下)
浅田 次郎文春文庫H15.
3.3
・・
3.12
 壬生浪と呼ばれた新選組にあってただひとり「義」を貫いた吉村貫一郎の生涯。幕末から50年後の大正時代に、新撰組の生き残りの斉藤一や教え子たち関係者から回想を聞く「語り」で構成され、まったく新しい手法でストーリーは進む。回想の合間に、生き残りの人たちの吉村と幕末の昔話が絶妙な感じで混ぜ合わさている。
 吉村は、人並み以上の努力をして北辰流の免許皆伝を授かり、勉学に励んだ文武両道をわきまえ、そして妻と子を何よりも愛し大切にした。南部藩を脱藩し、新選組隊士となった吉村は、給金を全て国許に待つ妻子に送金するという恥を最も恐れる武家社会の中にあって、いかなる恥をかこうともただ家族の為だけに生きた侍といえる。
 誰に対しても腰が低く、礼儀正しく、武士なのにいつもにこにこ笑っていた吉村。何度も打ち直した痩せ刀とぼろぼろの着物で、土方や沖田並に強かった吉村。非番の時でも遊びに行かず、村の子供達に嬉しげに読み書きを教えていた吉村。そうやって手に入る金の全てを死ぬまで家族に送り続けた。
 旧幕府軍の敗退がほぼ決した鳥羽伏見の戦。大坂城からはすでに火の手が上がっていた。そんな夜更けに、満身創痍の侍、吉村貫一郎が北浜の南部藩蔵屋敷にたどり着いた。脱藩し、新選組隊士となった吉村に手を差し伸べるものはいない。旧友、大野次郎右衛門は冷酷に切腹を命じる。
 その子、嘉一郎も脱藩者という父の汚名を雪ぐべく戊辰の役に参戦するが、南部藩は降伏。嘉一郎は、箱館へと走る。五稜郭に霧がたちこめる晩、若侍は参陣した。義士・吉村の一生と、命に替えても守りたかった子供たちの物語が、関係者の“語り”で紡ぎだされる。吉村の真摯な一生に関わった人々の人生が見事に結実する壮大なクライマックス。
 剣がめっぽう強い、しかし実直、男(武士)として妻子を養うことを目的に幕末の混乱の時代を生き、殺されないために殺すという。極端なキャラクターの設定、それを不自然に感じさせない筆力は凄い。浅田次郎お得意の「不器用でまっすぐな男」の話。筆者の作品にはいつも泣かされるが、盛岡とかの情景描写も素晴らしい。涙とカタルシスを味わいたい向きにお勧め。浅田次郎の代表作ではあるだろう。回想者の人物不明があったが永倉新八か。
「義」とは、何だろうなと改めて思い起こさせる。この本は、とにかく面白い。
購 入
タスクフォース
(上・下)
門田 泰明光文社H15.
2.24
・・
3.1
 家庭も円満、仕事でも順風満帆な出世をしてきた世界有数の総合電機メーカー「帝和電器」の経営戦略室長の主人公である高森信次がある日何者かに襲われた翌日、高森の旧友の吉枝が失踪した。やがて吉枝の他殺体が発見、彼の家からある化学物質の名が書かれた伝票が。そこへ高森を防衛官僚が突然の訪問。彼らは極秘のはずの、ある製品の情報を掴んでいた。高森は部下の滝岡の行方を追っていた。そこへ、吉枝と同じ方法で殺された死体が発見、現場では、滝岡が使った偽名の名刺が!一方、警察庁外事課の宇津木が何者かに殺される。変わらず続く尾行、盗聴。はたして、その正体は?忍び寄る超大国秘密機関の影は、CIA(アメリカ中央情報局)かKGBの後身のFSB(ロシア連邦保安局)か、対日経済諜報活動か暗躍する。
 現代の世相を背景に、"危機管理"を一つの切り口として責任ある世代の普通の男達の強さと弱さ、善と悪、愛と憎しみ、夢と野望、信頼と裏切り・・・といった幾多のアンビヴァレッジな葛藤を通して、男の友情・家庭・仕事そして人生の意味を問いかける大人のための大人のロマン。そして、危機意識欠如の日本全体に警鐘を鳴らす日本企業の危機管理を問う企業サスペンスであり、危機意識欠如の日本全体に警鐘を鳴らす経営情報小説。日本経済の生き残りの道は危機管理への対処能力にありと示唆している。  いつ緊迫感が来るのかと待っていたら、読み終えてしまった。作者が悪い意味でのプロ化してしまったようだ。
図書館
チャイナ・インパクト大前 研一講談社H15.
2.13
・・
2.20
 本書は、著者自身が実際に見聞し、分析、対策を提言している。ほとんどの識者が「中国問題」という具合に中国を一言で言い切る。それは、他で見聞きした情報や、短期の、しかも局所的な滞在で、知ったかぶりで書くからと著者は指摘している。
 実は中国製の製品や農作物を輸入しているのは、日本メーカーや日本の商社だ。中国を利用する企業が、利用できていない企業を責めているというのが本質だ。中国脅威論を唱えているだけでは、こうした本質は何ひとつ見えてこない。
中国は、政治的には北京の中央集権国家だ。しかし経済的には地方に権限委譲された連邦制の統治機構だ。経済的自立に成功した東北三省、北京・天津回廊、山東半島、長江デルタ、福建省、珠江デルタの6つの沿岸部は、それぞれが独自性を持って発展しており、独立性が高い。面積や人口、経済力から見ても一つの国家として認識したほうがわかりやすい。このメガリージョンは、それぞれ文化、歴史、言語的つながりで結ばれた複数の都市からなる文化圏として一つの国のようになっている。
 中国は、このメガリージョンが互いに競争しながら、外資系企業を呼び込み、その力を借りながら経済発展するという「貸席経済」で伸びてきた。その典型はアメリカだ。資本や人材をためらい無く輸入し、世界中の企業に自国内の雇用創出をさせている。これが21世紀の繁栄の雛形だ。
 中国は経済面で日本に依存している。だが政治、行政の面でプレゼンスが悪いため、中国は日本を見下している。日中関係はゆがんでいるのだ。だが今後、中国はアメリカと二分する有力な国家になることは間違いない。日本はこのままいくと中国の周辺国家に成り下がる可能性もある。
 日本はまだ経済力があるうちに地域国家やメガリージョンとの付合いを深め、彼らが日本なしには立ち行かない程の相互依存体勢に持ち込めばいい。我々は、チャイナインパクト、つまり中国の衝撃を、いかに自分たちの変革の原動力にするのか、という応用問題を、今突きつけられているのだと警告を発している。現在の中国の強さが具体的な例をあげて、わかりやすく説明されている好著。
図書館
口語訳 古事記三浦  佑之
訳・注釈
文藝春秋H15.
1.30
・・
2.7
  イザナキ、イザナミ、ヤマトタケル、因幡の白ウサギなど、神話として親しまれてきた日本誕生の物語「古事記」が、画期的な現代語訳で登場するが、本書は単なる現代語訳ではない。『古事記』の口承文学としての側面に重点をおき、著者の創作した一人の古老の口から語らせる、というスタイルを取っている。だから全編、「それにしてものう、スサノヲの心はいかばかりじゃったろうの……」といった語り口調になっており、とても読みやすく、物語として純粋に楽しめる。正直、『古事記』がこれほど面白い書物だったとは知らなかった。一方で精密な注もついていて、読めばきちんとお勉強にもなる。もともとが語りの文学である『古事記』は、矛盾も逸脱もいかがわしさも包み込んで、悠然と流れていく。その豊穣(ほうじょう)なゆるゆる感に、老人の語りはよく似合っている。
 「日本書紀」の表記を採り入れヤマトタケルを「日本武尊」と記述してその英雄ぶりを紹介する「新しい歴史教科書」に対して、友達になったフリをして刀を交換しようと誘って模造刀を渡し、相手が刀を抜けないでいるところを斬り殺した知恵あるいは狡猾さにあふれたヤマトタケルの行為をそのまま記した「古事記」の方をこそ、紹介すべきというのが三浦佑之の主張。同じアメノウズメのストリップぶりを喜ぶ立場でも、神話の豊饒性をあくまで国家への愛着に結びつけようとする意識がそこにある勢力とは、明確に一線を画したものだと言える。
 聖書、ことに旧約聖書には、けっこう無茶(むちゃ)な登場人物が多いといわれているが、日本の神様や王様もこれまたけっこう無茶だった、というのが、この『口語訳 古事記』を読んでの感想。行きずりの娘に求婚したのを忘れて80年もそのままにするは、生まれた子供が気に入らないといって平気で捨てるは、命の恩人に逆切れして八つ裂きにするは、またその死体からいろいろなものがわらわら生まれるは……同じ無茶でも、温暖で湿潤な日本の気候から生まれた神々や王たちは、アバウトで、ゆるくて、好色だけれど、どこかユーモラスだ。
 丁寧につけられた注釈で得られる知識は百科事典を繰るより素早くそして的確に頭に入る。何より巻末の皇室の系図が素晴らしい。史実をテーマにした古代史物の作品を書くなり読むときにとてつもなく役に立つ。神話ファンタジーに古代史ロマンを楽しむなら傍らに1冊は是非に。
図書館
台湾処分
1945年
鈴木 茂夫同時代社H15.
1.22
・・
1.28
  ある資格試験の勉強のため、専門書ばかり読むハメになりしばらく遠ざかってしまった。
 本書は、日本の台湾統治の終焉を、当時中学生であった著者自らの体験を下敷きに「セミ・ノンフィクション」として描いたもので、まことに不思議な作品であるといえる。
 本書はまずは昭和21年、台湾を引き上げてきた台湾総督府の官吏たちが、50年あまりにおよぶ台湾統治の記録を残そうとするところから始まり、その報告書「台湾統治終末報告書」が完成するところで終わる。その間、最後の台湾総督安藤利吉、農商局長須田一二三、「アジアの孤児」で知られる台湾の著名作家呉濁流などの歴史上の重要人物に混じって、さまざまな市井の人々が登場する。
 時空もまた、昭和21年から19年へ、東京から台湾、上海へと自在に変化しながら植民地台湾の終焉をめぐる記憶が形作られていくのである。確かに「台湾統治終末報告書」は実在するが、わずか22ページの謄写版の報告書の背後にはこんな物語があったのか、と思った時、読者はすでに作者の虚実皮膜の世界の住人なのである。
 実際、日本の台湾統治の終焉をめぐる記憶には、よくよく用心してかからなければならない。本書にも挿入されている、台湾に到着した国府軍があまりにみすぼらしい姿であったため台湾人が失望したというかの有名なエピソードにしても、語る文脈によっては全く違う意味を帯びることになってしまう。作者はこのエピソードを祖国復帰を祝賀する新聞記事と並列させるなど、複数の視点によって相対化された記憶の物語を織りあげようと腐心している。こうした姿勢は評価されてしかるべきであろう。一方で、当時中学生であったという作者の肉声をもっと聞きたかったという感じも否めない。
図書館
黒龍の柩
(上・下)
北方 謙三毎日新聞社H14.
12.5
・・
12.16
  本書は新選組・土方歳三を主人公にした幕末歴史小説ではなく時代小説になる。物語は新選組の池田屋襲撃場面から始まる。ひたすら人斬りに励む新選組だが土方は新選組の未来に滅びの道を予感し、苦悩。 新選組の人間関係にも、山南敬助と土方との友情など、著者は特異な解釈をほどこされている。
 そんな土方の前に幕府海軍奉行の勝海舟と、海外貿易を機軸とした新国家を熱く語る坂本竜馬が現れる。土方は坂本龍馬の日本列島二分論を発展させ、勝海舟はそれを外交論として肉付けしながら、小栗上野介は財政的裏付けをするといった役割分担である。 そして暗殺される直前の竜馬が土方に語った構想とは〈徳川慶喜を擁立し、蝦夷地に新国家を樹立する〉というものだった。
 なぜ土方は会津での戦いで死ななかったのか。まったく反りの合わない榎本武揚と函館・五稜郭まで運命をともにした。なぜなのか。一方、水戸藩は以前から幕府に蝦夷地入植を願い入れては却下され続けていた。伊能忠敬の日本地図製作を支援し、蝦夷地部分の詳細を秘匿したのも水戸藩。鳥羽・伏見の戦いなど局地戦だけで、全面的な内戦状況を避けたのも水戸・一ツ橋家出身の徳川慶喜。
 幕末、英国は薩長側、フランスは幕府側につき、日本はアジアの植民地化・支配をもくろむ英仏の代理戦争の場と化そうとしていた。歴史家は徳川慶喜に「臆病者」とのレッテルすら張るが、そういった日本の危機を見通し、政権移譲という合理的な解決策を実行したのが慶喜だ、と著者は断定している。
 幕府が本気で戦えば、資金が枯渇寸前の官軍に分はなかったのではないか。函館では新国家樹立宣言までなされている。そこには倒幕にはやる官軍側が理解できない構想、暗闘があったと考えると、ある程度納得できる。徳川慶喜は、水戸に蟄居後駿河で隠棲の生活を送ったというのが通説、土方歳三が勝海舟、小栗上野介、坂本竜馬との接触があったとは思えない。さらに徳川慶喜とも接触し、慶喜は替え玉を水戸に残し、本物が津軽まで行ったとなると、あまりにも史実とは違う気がする。司馬遼太郎『燃えよ剣』の歳三イメージとは、だいぶんと異にする。本書では、西郷隆盛が小さく表現されている。日本を小ぶりにまとめた人物というわけだろう。史実をある程度知っているものにとっては、ここまで飛躍すると、時間を無駄にした感じがする。
図書館
ソ連が満州に侵攻した日半藤一利文藝春秋H14.
11.25
・・
12.2
  「日本のいちばん長い日」、「ノモンハンの夏」と書き継いできた半藤氏は、本書をもって「みずからに課した義務をようやくにはたすことができた」とあとがきに書いており、一人がなし得る全力を込めて、ここに「満州」を弔う書といえる。  スターリンが満州侵攻を急いだのは、原爆投下で日本が早めに降伏することに焦ったからだ。米ソ冷戦の取引における「満州」の重要さ。ヤルタ、ポツダムの連合国首脳会談、ソ連を仲介とする和平工作、ドイツの敗北、ソ連軍の極東への大移動…その「夏」に向かって、怒濤のように展開した1945年の国際情勢が活写されている。それによって浮き彫りにされたものは何か。こうした展開を全く知らされなかった日本国民の惨めさである。そんな状況なのに「天皇制を守る」しか頭になかった国家指導者の脳内の荒廃である。
 よく聞くのは「関東軍は在留邦人を守らなかった」。しかし本書でよくわかっのは、関東軍もまた「中央」に見捨てられていたのである。そして関東軍はソ連侵攻の直後、何をしたか、本書は生々しく語る。まず、開拓民の逃げるのを阻むように、道路と橋を破壊した。細菌戦の研究部隊を日本本土に逃がした。そして新京発の特別列車を仕立て、関東軍幹部とその家族たちを脱出させた。いずれもソ連侵攻の当日、8月9日の早業である。
 既に、敗色が決しこれ以上終戦の決断を遅らせることはいたずらに戦死者の数を増すだけであったのにもかかわらず、ポツダム宣言の受諾が遅れたのは、時の戦争指導者たちが「国体の護持」すなわち天皇の生命と身分保証のとりつけを、最後まで降伏の条件として固執したからだといわれている。国民の生命財産よりも、天皇の生命財産が重んじられた結果である。まさに狂気の軍国主義が多くの命をうばったのだ−と著者は指摘している。 あの戦争において、日本軍もまた、実は国民のために戦った軍隊であったとはいえない。日本軍は天皇の軍隊であったという事実は、終戦直前に満州に侵攻したソ連軍に対して、居留民の保護もせずその蹂躙を放置した関東軍によくあらわれている。満蒙に新天地を求めて渡った民間人200万人が、ソ連軍の侵攻とともに軍から見捨てられた。
 日露戦争の復讐戦の野望に燃えるスターリンは、この戦争の果実を日本の降伏のどさくさに手にいれようとした。中には囚人のみから混成されたソ連軍が、日本人居留民に対し、殺戮、暴行、強奪といった暴虐を組織的におこなった例さえあるのに、日本政府も軍隊もなす術なかったのだ。さらには50万人に及ぶシベリア抑留による強制労働などの苛酷な運命を辿ることになった、将兵の運命でさえ、終戦後の天皇制維持のための犠牲であったのだ。 本書によってはじめて明らかにされたソ連の満州侵攻前後のさまざまな事実は、その犠牲者の多さにもかかわらず、戦後の日本では忘れ去られている。そして、贖罪意識のみが誇張され、その陰で多くの罪も無い日本人犠牲者は、侵略の加担者であるかのように冒涜されつづけている。戦後の日本があの戦争を総括しなかったツケが今や取り返しのつかないほどの禍根となって残ってしまったといえよう。
図書館
円の支配者リチャード
・A・
ヴェルナー
吉田利子訳
草思社H14.
11.15
・・
11.23
  新進のドイツ人研究者による、真に衝撃的な日銀と日本経済の研究、日頃からの私の疑問である、デフレの今、日銀はなぜもっとお札を印刷しないのかという疑問に如実に答えてくれる本書といえる。今回の日銀による銀行の保有株の買い取りもこの辺にあるのかもしれない。
 1920年代の日本は、現在の米国以上の自由主義経済で、資金調達は株式市場からを中心にしていたが、それが銀行からの融資に転換してきたのは、第2次大戦中につくられた戦時経済で、戦後の高度成長を支えたのもそれで、大蔵省の思惑はここにあった。90年代からの不況のおかげで、ビックバンは外為法を改正させ、戦時経済の終わりを象徴し、日銀の50年間に渡る深慮遠謀が功を奏し、大蔵省との長年の闘いに勝利を収めた。
 しかし、日銀は窓口指導を続け、銀行は激しいランキング競争から貸出枠を使い切るのに必至でバブルを引き起こさせた。政府が景気回復に向けて必死の努力を重ねていたとき、なんと日銀は信用を収縮させ、景気の回復を故意に遅らせた。バブルの生成と崩壊、その後の10年不況は、日本銀行の手によって意図的に作られた。そしてその計画書が「前川リポート」であった。
 著者は名探偵のごとく、犯人を追いつめ、遂に日銀の陰謀ともいえる行動を白日のもとにさらし、日銀で「プリンス」といわれた人物を実名で紹介し、彼らの権力構造を余すところなく描いている。この国はじつはわずか6人に支配されてきた。過去50年間では5人(一万田尚登<蔵相>、佐々木直、前川春雄、三重野康、福井俊彦)であると指摘している。いままでエリート官僚を多数有する大蔵省(現在財務省)が日本の頂点にあり、日本を動かしていたとする考え方が主流を占めていたが、実は「日銀のプリンス」といわれた日銀生え抜きの総裁や副総裁が実権を握っていたということを証明している。
 マネーとは何か、日銀の窓口規制と金融の信用創出(お金を刷ること)によって、簡単に経済の景気が左右されることを理解できる。日銀をはじめとする世界中の中央銀行は、これと見込んだ相手に刷った紙幣を貸し与えて事業を拡大させ、市場を活気づけることができる。それが「信用創造」だ。反対に、紙幣を刷らず「信用収縮」をもたらすこともできることが分かる。  円の為替レートが1ドル360円になった経緯には、日本の通貨が「円」すなわち「丸」から、マッカーサーが丸の360度から設定したということは初めて聞いた。本書に対する日銀の反論が聞きたいところ。
図書館
梅原猛の授業
仏教
梅原 猛朝日新聞社H14.
11.4
・・
11.9
  著者が自ら希望して京都洛南中学校の「宗教」の時間に半年間(12回)にわたって行った「道徳教育の基礎としての宗教」の講義録。実際に仏教系の中学校で授業したものを再録していて、難解になりがちな仏教の世界をかみ砕いて説き、分かりやすい講義録となっている。
 最初に、宗教がなければ文明がないという話題に触れ、ロシアの文豪ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』を例に挙げ、宗教や倫理・道徳がなければ、人間は何をやっても許される、それこそ人殺しも許されるという考えに陥ることが指摘されている。
 そして、宗教を抜きにした規則や規範だけでは、人間社会が破壊され、世界も平和を失って争いに巻き込まれるとする。その人間における心の苦悩を解放し、「いのち」の尊さを通して自然や動物、すべての命との共生を説いたものが仏教であるとし、キリスト教などの一神教との比較を通じてその特色を浮き彫りにしていく。
 また、仏教がどのように生まれ、発展していったかを、釈迦の生涯を通して触れ、それが中国・韓半島経由で日本に到来した時、神道と習合して独自の日本的な仏教に結実していった経緯を説明する。仏教史の発展が分かりやすく説かれているので読みやすい入門書でもある。
 途中、学生同士で「宗教は是か非か」という立場で討論させるなど、授業としてもユニークな内容になっている。
図書館
冬のアゼリア西木正明文藝春秋H14.
10.21
・・
10.29
  本書のサブタイトルを「大正十年・裕仁皇太子拉致暗殺計画」として、皇太子拉致暗殺計画を実行するまでの1919年(大正8年)から1921年(大正10年)の3カ年間の朝鮮人テロリストと日本側警備陣との攻防を描く実録小説。物語はパリ講話会議日本首席全権・西園寺公望の暗殺を目論む朝鮮人のテロリストとそれを阻止した朝鮮人から始まる。そこには、独立運動の思想の違いがあった。
 朝鮮の三・一独立運動、中国の五・四運動と、民族運動が高まっていった1919年、上海の李承晩の大韓民国臨時政府の主義に同調できない金元鳳は、満州で過激派組織・義烈団を立ちあげる。朝鮮密陽警察署の不逞鮮人過激派担当である楠田警部補と食堂「アリラン亭」の女将・金淑秀と金元鳳とで、当時の過激派と日本政府の知られざる戦いが語られる。
皇太子洋行の途中の香港で皇太子を拉致し、朝鮮独立をめざす武装集団「義烈団」の行動を阻止したのも大韓民国臨時政府であった。日韓併合により日本が正式政府とは認めていない臨時政府から通報を受けた香港総督府では、本国英国から日本政府に連絡し、その対応には、息詰まる情景が描かれている。楠田警部補がスポッター(面割り警官)として急遽香港に派遣され、歓迎式典での皇太子の替え玉の海軍の小松大尉を救うとともに事件を未然に防止する。楠田警部補は、自ら逮捕して刑務所送りした金淑秀の出所を待ち、やがて二人は結婚したが、朝鮮戦争で北朝鮮のソウル進撃で行方不明となる。
 日英同盟破棄を考えている英国との仲を改善するため、原敬首相や元老・山縣有朋が計画した皇太子洋行(1921年)が背景にあったとは初めて知った。事実、洋行の翌年には破棄することになる。また、式典で皇太子の身代わりになったに小松大尉は戦後平安神宮の宮司となった。替え玉を使ったことにはびっくりした。朝鮮独立運動史の過激派の歴史とともに、埋もれた歴史がよみがえり、なかなかの迫力ある面白い小説だった。
 タイトルの「冬のアゼリア」は皇太子拉致の作戦名で、アゼリアは深紅の花を咲かせるツツジの一種。香港では1年中咲いていることから朝鮮のアゼリアを慕い命名したらしい。
図書館
情報文明の日本モデル坂村 健PHP新書H14.
9.26
・・
10.1
  かって、著者の坂村健教授の講演を聞いたことがあり、それ以来マイクロソフトは使わなくなったが、今では使わざるを得ないハメになった。サブタイトルを「TRONが拓く次世代IT戦略」とし、以前に通産省 vs 文部省の戦いでマイクロソフトに敗れたTRON 、本書でも、おなじみのマイクロソフト批判そしてTRONプロジェクトの解説へと話は流れていく。
 そのまえに、氏は、IT革命批判は技術的な問題もあるのだけれど、基本的にはIT革命という名前に潜む様々な幻想に対する批判になっていることを指摘している。セロトニンという脳内物質の量が少ない日本人は、チームとしてパワーを発揮し、多いアメリカ人は個人でチャレンジする。そして、アメリカ模倣型のIT戦略から日本人の特性に合わせた日本独自のIT戦略への提言を繰り返し話している。
 氏の指摘するマイクロソフトの欠点とは何よりも、そのモノポリー的性格とOSを含めたソフトウェアにおける内部構造の原則非公開ということになる。市場競争がなくなれば価格は吊り上がりソフトウェアそのものの質も問題視されなくなる。ここに内部構造の原則非公開が付け加われば、もはや末端ユーザはサイバーアタックをかけられてもマイクロソフトによるパッチの配布を待つしかなくなってしまう。これでは駄目だ、と坂村氏は指摘する。そこで、原則としてオープンアーキテクチャを掲げるLINUX、そしてTRONがこれからの基幹ソフトとなっていくであろう、という託宣が告げられている。  しかし気になるのは 反面、「ブラックボックスは駄目だ」と言っているのに、TRONが「オープンアーキテクチャ」であって「オープンソース」では無い点。仕様「しか」公開されていないという時点で、実装系としては立派なブラックボックスだと言う人もいる。
 インターネットの世界でも、英語文化ではなく、各国の文化を生かす。そのための17万字の「超漢字」の導入。そのための技術の進歩。今後のIT化の方法として、米国は常時接続高速回線、ヨーロッパは双方向デジタルテレビの普及、日本は氏の提唱する「ユビキタス」(どこでもコンピュータ)。携帯電話などでのTRONの導入実績からみても、説得力のある日本人に対する提言と応援歌になっている。いささか我田引水のような気がしないでもないが。
図書館
再 生
(上・下)
高杉 良角川書店H14.
9.18
・・
9.25
  『金融腐蝕列島』、『呪縛 金融腐蝕列島II』に続いての3段目『再生 続・金融腐蝕列島』の本書は、大手都市銀行・協立銀行を舞台に、旧住専(住宅金融専門会社)の債権を引き継いだ住宅金融債権管理機構との闘い、貸し渋りや貸し剥がしの実態、頭取後継人事を巡る抗争などをめぐる経済小説。
 主人公の竹中治夫は45歳。同期ではトップクラスの出世頭で、大口の不良債権や要注意再建を扱う営業本部プロジェクト推進部に所属している。ある日、上層部の“特命”で住管機構の担当を任され、母体行の責任をさらに追求しようとする住管機構と、頭取特別プロジェクトを作って対抗しようとする。住管機構の高尾幸吉社長は弁護士出身で、国民の英雄的存在。銀行界の責任追及を明言し、特に、旧住専に対する紹介融資で問題案件の多い協銀とは裁判で争う構えを見せる。
 特命班をテコに、徹底して闘う姿勢を示す頭取と、個人的な事情からその阻止を目論む取締役相談役。激しい攻防の末、和解という形で決着する。登場するのも、経営の第一線を退いた後も人事に介入し、老害となっている取締役相談役、“カミソリ佐藤”との異名を持つ切れ者だが、権力欲の権化となって結局は自壊する取締役、東大出身のMOF(大蔵省)担として名を馳せたが、贈賄罪で略式起訴の憂き目に遭う杉本、大物フィクサー児玉と、いかにも「本当にいそうだ」と思わせる人物ばかり。
 周辺事情、銀行内の人事抗争やら、竹中の家庭事情(子どもの反抗や、妻の不倫など記述が費やされているきらいがある。妻の不倫も、よく分からないうちに雲散霧消してメデタシ。そして主人公自身も、不倫の道に踏み出そうとしているが、彼女の退職、外国留学で終わりと、中途半端なまとめ型で不完全燃焼の気がする。また、“カミソリ佐藤”の切れ味も、今ひとつ迫力に欠け錆び付いている感じがする。
図書館
生を踏んで恐れず津本 陽幻冬舎文庫H14.
8.20
・・
8.26
  昭和初期の金融恐慌から日本を救った男・「反骨」のダルマ宰相といわれた高橋是清の波瀾万丈の生涯を小説化。  仙台藩の武家の養子として育った是清は、14歳で渡米し奴隷に売られ、やっとの思いで帰国し、英語の教師となる。その後森有礼の引き立てにより官僚の道を歩むが、知人の依頼でペルーの銀山を経営する事になり、失敗して資産を売却する。是清の非凡な才能はやがて日銀に入行することになり財政家として頭角をあらわす。次に横浜正金銀行の本店支配人、日銀副総裁となり、日露戦争の戦費調達のため外債発行に奔走する。この功績により貴族院議員勅撰される。
 ここで、物語は一挙に昭和9年まで飛ぶ。この間、蔵相を6回努めるが81歳にして7度目の蔵相就任の懇請を受ける。軍事費の急激な膨張に懸念を示す是清は、軍事費削減にに反対する軍部と対立し、やがて二・二六事件で、凶弾に倒れ非業の死を遂げた。  本書は、「高橋是清自伝」に依拠しているため、その後の日銀総裁、大蔵大臣、総理大臣、政友会総裁時代については何も語られていない。外債募集の成功がメインとなってい。
 平成の危機の様相は昭和初期と酷似しており、高橋是清が大蔵大臣としてとった支払猶予令、金本位制の離脱、日銀引き受けの赤字国債の発行など、有効な景気対策をとり、労苦と挫折を糧に、卓越した人生観と金融政策で日本の危機を何度も乗り越えた当時の状況について、再度他の本を読んでみるつもり。
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道祖土(さいど)
家の猿嫁
坂東眞砂子講談社H14.
8.6
・・
8.12
  久しぶりに面白い小説を読んだ。明治中期、土佐・火振村の名家、道祖土家に18歳で嫁いできた蕗、その容貌のため"猿嫁"と陰口をたたかれるが、不思議な存在感で少しずつ、道祖土家に根を下ろしていく。近代化への胎動の中、時代は大正・昭和と移り、多くの戦の火の粉が火振村にも容赦なく遅いかかって、人々の運命を弄ぶ。
 蕗の夫の清重は自由民権運動にうつつを抜かし、やがて国民党の弾圧を受け、火振合戦で全身37ヶ所の傷を負うが、蕗の機転で命を救われ、やがて村会議員、村長に。清重の出戻りの姉蔦も民権運動に没頭する。蕗・清重夫婦は蔦の私生児を自分の長男とし実子2男1女をもうけるが、出生の秘密を知った長男は出奔し、家督を継いだ次男俊介は事故死、妻の牧子はやがて三男の保夫の嫁になり、保夫が家督を継ぐ。長男は、戦時中30年ぶりに東京から避難してくるが、終戦とともに帰京してその後は音信不通に。俊介と牧子の子辰巳は戦死、保夫夫婦は戦後の農地改革で農地のほとんどを小作人に譲り渡し、自作農に・・・・・やがて東京オリンピックを迎え・・・そして現代になって、戦死したはずの辰巳が最近まで生きていて、その娘から手紙がくるが、4世代になると辰巳をよく知らない者ばかり。
 すべての日本人が得たもの、失ったものを見据え、100年のタイムスパンで壮大に描き上げた、蕗をめぐる4世代の大河歴史ロマン。物語は、たんたんと進むが、テンポが小気味いい。蕗は結婚してからの半生は幸せだったのだろうかとつい思ってしまったが、きっと幸せだったんだろうなと感慨を新たにした。
図書館
それがぼくには楽しかったからリーナス・トーバルズ

ディビッド・ダイヤモンド
風見 潤訳
小学館プロダクションH14.
7.21
・・
7.26
  Windowsの牙城を崩す話題の基本ソフトLinuxを開発したリーナス・トーバルズの初の著書。共産主義者を父に持つリーナスが、コンピュータ・オタクとして彼のちっぽけな寝室からLinuxを生み出したが、その後コンピュータマニアの活動家達からカルト的崇拝を受け、巨大企業の中に浸透していった。
 これは開発スタイルそのものが何十万人というボランティアのプログラマーからなる共同プロジェクトの産物である。そのバックにあるのがオープンソースであるが、Linuxは長期的な見通しを持って戦略的に「オープンソース」の仕組みとして作り上げられたものではなく、成り行きで出来たものだということがよく分かった。
 PCのソフトを独占することによって巨万の富を築いたビル・ゲイツへの強烈な反発がソフトウエアを「参加する人々の共有財産にしよう」というオープンソースの発想をより強固な信念待てに高揚させたといえる。リーナスのコンピュータ用語満載のオタク文とディビッドのリーナスへの取材過程を二人の会話として、プロライターぽいレポートの2部構成となっている。
図書館
日本人は鰯の群れアーサ・ボストン
細川呉港訳
光人社H14.
7.11
・・
7.15
  副題を「戦後民主主義は間違っていた」と題して、革命後のキューバ、文革期の中国を直に見てきたアメリカの著者が、マルクスの画一平等主義と弱者救済の思想に対抗できなかった新保守の理論に裏づけをした書である。戦後の「日本の良心的知識者」「民主主義者」がマルクス主義あるいは本人も気がつかない間にその亡霊にとらわれていたことがそのすべての源だと指摘している。
 教育の後輩や少年問題などのさまざまな犯罪の原点は、日教組に代表される唯物史観と弱者救済の論理に基づいた階級闘争、平等主義が声高に唱えられたことに深い病根があるとも。辛口ではあるが、戦後の日本人の「井戸の中の良心」を的確に批判する「目から鱗」の書でもある。
図書館
蹂躙された日本史佐治芳彦日本文芸社H14.
6.21
・・
6.27
  3月末に退職して、自分史の作成やら30数年間の資料の整理に忙殺され、年金等の実用書を熟読しさらにイタリア旅行の準備や写真の整理で、この3カ月ばかりはここに記すような書物は読んでいなかった。また、これから思いついたことを書き留めておこう。
 本書は、明治維新から太平洋戦争までの歴史の真髄を描き、事件の裏側にある背景に鋭くメスを入れ、なぜそう決断せざるを得なかったかがよく分かる。歴史にはifは禁物だが、ifにより次の展開を予測しているのも興味を引く。
 「無謀・乱暴・狂暴のサンボウが参謀と言われるようになった」、「戦術に対する科学的合理的思考は、肉弾攻撃精神や神風に依存する前近代的精神により否定された」、「東郷神社ができ乃木神社ができたとき、日本の陸海軍は健全な思考、良識を失った」とはなかなか含蓄のある表現である。
 私の好きな広田弘毅が、「軍部大臣現役武官制」を復活させたことは大きな問題に禍根を残したとも指摘している。本書を読んで著者が高く評価しているのは、ケインズ以前にケインズ理論を実践して成功させた高橋是清、次に満州事変勃発以前にも満蒙問題は「日米問題」と喝破した石原莞爾というところか。著者はもし日露戦争がなかったら、英米は中国に独立国をつくっただろうと指摘している。
図書館
日本の中国援助・ODA青木直人詳伝社H14.
2.25
・・
3.1
  まあ、一種の暴露本かなと思って読んだが、どうしてどうして結構おもしろい。日本のODAは世界一。91年以降は、その額は連続して10年間世界のトップ。中国へ供与されるODA援助はすでに3兆円(1次〜4次円借款)、輸銀ローンを含めると20年間で6兆円にも達している。しかし、中国政府は日本からのODA収支決算書を提出していないばかりか、国民にほとんど広報していない。これは、市場経済の発展で、共産党の存在理由が消滅しつつある今日、WTOの加盟で、日米欧のビックビジネスによる市場争奪戦が始まる中で、中国人が国民意識を共有しうるのは、抗日戦争の歴史のみであり、この反日カードは捨てられないとしている。
今後5次円借款になるが、日本と中国がホンネでカネの話ができる政治家がいなくなって、中国人の犯罪の増加や軍事費の増大で日本に中国嫌いが増えているという。日本のODAのおかげで、その分を負担しないで、結果的に軍事費に回っているとの指摘もある。  中国向けODAの目的は、市場経済化、資本主義化、戦争賠償金があったが、現在では賠償金の性格が濃くなっている。72年の日中国交正常化時に周恩来による賠償金放棄が決定しているのに、親米反日派の江沢民の個人補償の権利は消滅していないとの見解から、いつもこの歴史カードが重荷になるという。上海では、空港、地下鉄、高速道路のインフラにODAがそそぎ込まれたが、米欧企業が進出し、日本人は去り始めているという。共産党支配の中国における血のつながりの象徴である「太子党」がODAと深く関わっており、軍によるブローカー行為である「軍倒」がODAとも関連し、天安門事件の発火点になったとも筆者は指摘している。
 ODAは全く出さずとも、国家単位で戦略を練り上げるアメリカビジネスと、ODAをばらまくだけで何ら戦略がうかがえず、損をして憤るばかりの日本が浮き彫りにされている。 98年6月25日からのクリントン大統領が9日間に及ぶ中国訪問したが、企業トップが500人も同行している。中国は「パートナー出なくて競争相手」といったブッシュ現大統領も父親のチャイナ・ロビイストは有名で、さらに石油利権に深いつながりで中国の海洋石油資源もターゲット。アメリカの「人権」はタテマエで、ホンネのビジネスが見え隠れする。日本人の大部分が分かっていないことは、中国のマーケットでは、米国と日本は本質的に ライバルであって、同盟国でも何でもないという事実がわかる。
図書館
IT革命のカラクリ月尾嘉男
VS
田原総一朗
アスキーH14.
2.19
・・
2.23
  東大月尾教授と田原氏のITをめぐる対談集。月尾氏の歯に衣着せぬ明確で分かりやすい論理が続く内容である。アメリカの国家戦略がよく分かる。文中に月尾語録としてまとめてあり、それだけで月尾氏が何がいいたいのかよく分かる。そのうち気にとめたものを記すと。
 「日本の脅威(オイルショック後の日本の省エネの徹底と拡大再生産を見て)が米国のIT戦略の発動の第一」、「ゴア副大統領の提唱したスーパー・ハイウェイ構想は1990年NTTの構想の焼き直し(NTTの分割化問題で政府が全く理解を示さなかった)」、「弁護士はアメリカ社会のガン細胞、はびこることによって産業は大きな損失を受けている」、「ビジネスモデル特許はアメリカの情報戦略の一環で、日本はこれから相当苦しめられる」、「アメリカにあって日本にないもの、それは「国益」という概念」、「NTT接続料問題はアメリカにいわれる筋合いなどない、理不尽な内政干渉」、「インターネットのすべての回線がアメリカに集まるという仕組み(NSA)で、情報は盗聴され筒抜け」、「IT企業は各分野1社しか勝ち残れない、しかも勝者がすべて獲得する」、「中間マージンをとる業種は、存在そのものが危うくなっていく」、「情報には「情」、感情とかの気持ちとか、フェース・ツー・フェースのつきあいという部分が不可欠」、「グローバルスタンダードが進む中で「和魂」を失ったら、日本は文化の植民地になる」など、痛烈な発言が多いが、なぜか共鳴される部分も多い。
 ウィルスのワクチン会社が、自分でウィルスを流して防止用のワクチンを出す、いわゆるマッチポンプをやっているようだとの話を聞いてびっくり。
図書館
みんな家族清水義範文藝春秋H14.
2.4
・・
2.15
  現在の百瀬昭範・初美夫妻の両親のそれぞれの生い立ちから、物語は始まる。従って、4家族が激動の昭和をたくましく生きてきた物語である。昭和の初めからの4家族の祖父から、そして両親とそれぞれの生い立ちを、当時の歴史的事実と時代背景を織り交ぜながら、主に庶民の暮らしに焦点を当ててストーリーは進む。
 戦渦が激しくなり、国家総動員法が発令され、徴兵検査やがて召集、学徒動員、大空襲に対して、一般庶民の暮らしぶりがよく分かる。やがて終戦を迎え、戦後の食糧難、ベビーブームと続くが、その間家族の病気や死に遭遇するが、人生のすばらしさ、生きることへのすばらしさを教えてくれているようでもある。
 淡々と物語は進み、人々は様々な出会いがあり、やがて結ばれ死を迎える。輪廻転生が繰り返されていることを示唆しているともいえる。
図書館
明治天皇
上・下
ドナルド・キーン
角地幸男訳
新潮社H14.
1.7
・・
2.1
  またまた重い本を読んだ。明治維新前後から天皇崩御までの間の大歴史書である。孝明天皇の公武合体、攘夷論の推進から始まるが、明治になってからは各年の毎年を記載している。孝明天皇の死が今もって謎になっているが、その後の大政奉還、廃藩置県などの近代化に向けての改革が足早にすぎて行く。征韓論、策士岩倉具視、旧幕時代の士族の反乱から西南戦争、その間太陽暦の採用、日曜日の休日、廃刀令、断髪令と社会文化の改革、さらに大津事件、日清戦争、李鴻章狙撃事件、明妃暗殺、日露戦争、安重根の伊藤博文襲撃、韓国併合、そして崩御と乃木希典夫妻の殉死で明治は終わる。明治天皇は和歌しか残していないので、何を実際に語ったのかは分からないため、本書は「明治天皇紀」に負うところが多い。
 明治政府が、特に苦労して実現したのが治外法権の撤廃で、実現には苦労するが、藩閥薩長の政治から元老の政治へと変わるにつれ、政権がほとんど長続きしないで、病気を理由に辞任してしまうが、ひとたび戦争を迎えると一枚岩に団結するところがおもしろい。
 明治天皇と皇后の間には子供に恵まれず、多くの権典侍から皇子皇女が生まれたが、ほとんどが脳膜炎で早世し、おまけに典侍の母親も夭逝している。どうも種に問題があったとしか思えない。生存したのは後の大正天皇の皇太子と2人の内親王だけだったらしいが、お気に入りの権典侍園祥子は8人の皇子皇女を産んでいる。
 天皇は軍服を好んできたが、戦争は嫌いだった。海軍よりも陸軍の方が好きだった。酒豪であった明治天皇が最も親近感を抱いたのは岩倉具視で、最も信頼を寄せたのは伊藤博文のようだ。日韓併合には反対だった伊藤博文も、その前の日韓協約(保護条約)では、日本が韓国の外交を代表することを強く迫り、強引なやり方で韓国皇帝の退位を迫っているのには驚いた。
 安重根も幸徳秋水も、政府を憎んでいたが、天皇は尊敬していた。著者が幸徳秋水の大逆事件で、その他に比べてページの多くを割いているのはなぜであろうか。
図書館
歩兵の本領浅田次郎講談社H13.
12.25
・・
12.28
  イスラム関係の重い本ばかり読んでいたので、ここいらで気晴らしに軽いものを読もうと思い、本書を読んだ。 自衛隊入隊の経験のある著者が、自らの体験を綴っており、おかしくもあり、悲しくもある。また、人間味いっぱいのフィロソフィがある。本書は、9編の短編を集めたものである。
 舞台は、戦後25年経た自衛隊普通科連隊、新入隊員の初任給は15,100円当時。元フーテン、元テキヤ、元アルバイター、大学受験不合格者などが、地方連絡部(ちれん)の勧誘員の甘言で入隊したものの、時は高度成長の真只中にも関わらず、駐屯地の中は、戦後25年という時間が止まったままの真空地帯。
 階級の差と飯の数により上下の関係が明確、二人仲間の連帯そして班全体の連帯責任、往復ビンタと旧軍時代と変わりがない。戦後の民主教育と学生運動華やかなりし頃、柵の中では、旧日本軍以来の「娑婆」と呼び習わす一般社会との断絶の別世界。しかし、先輩の士官に恨みは持つものの、脱走者は不思議といない。入隊3ヶ月で初の二人一組の行動予定表に沿った外出許可、誰もそんな予定表には従わないが、そのまま脱走しようと思うも帰隊時間を守る。やはり、ほかにより所がなかったのだろう。
図書館
タリバンアハメド・ラシッド

坂井定雄

伊藤力司訳
講談社H13.
12.10
・・
12.14
  またまた、イスラム関係の本を読んだが、今回は、今米国の攻撃の的になっている「タリバン」そのもののタイトルである。著者がパキスタンの著名なジャーナリストだけあって、タリバンの成立過程がよく理解できるが、それ以上に20年にわたるアフガニスタンの紛争や周辺諸国との関係が浮き彫りになっている。アフガンでは、パシュトゥン人と非パシュトゥン人の民族的分裂、さらにイスラムにおけるシーア派とスンニ派の宗教的分裂、さらにそこに軍閥が跋扈し、さながら日中戦争時代の中国の様相を呈し、お互いに内戦で虐殺を繰り返して、問題を一層複雑化している。
 ソ連のアフガニスタン侵攻により、ソ連軍と政府軍に対して、イスラムの旗を掲げ戦ったムジャヒディン(イスラム武装勢力)は、民族ごとにいくつも分立し、多数の軍閥が出現した。米国は、ムジャヒディンへの膨大な資金と軍事援助を行った。米CIAはウサマ・ビン・ラビィンらの手を借り、アラブ諸国からイスラム過激派の青年を傭兵として募り、ムジャヒディンの助っ人として送り込んだ。アラブ・アフガンと呼ばれたこれらの傭兵たちは、その後自国での反体制活動や反米テロ活動に加わり、米国にとっては飼い犬に手を噛まれることになったのである。
 タリバン運動の出現は反ソ戦争の中で有力となったイスラム主義の潮流を反映したものではなく、アフガニスタンでは異端であった。現存のイスラム思想が堕落し、正当性が崩壊し露骨で強欲な権力闘争となったため、タリバンが満たすことになる思想的真空状態が生まれたと筆者は指摘している。
 アフガニスタンでイスラム武装勢力を名乗る軍属はすべて、麻薬マネーを軍事活動費に充てるだけでなく、自分のポケットに入れてきた。タリバン支配になってアヘン生産量は急増している。麻薬取引と並んで、アフガンには伝統的にパキスタンから湾岸諸国に広がる密輸網があるが、タリバンの下で中継密輸は拡大し隣国に経済損失を与えている。特にパキスタンはタリバンを弁護し続けているうちに、どれだけ損失したか見えなくなったとも指摘している。
 国連が人道的援助をしているため、アフガンの軍閥は市民に対する責任を免れ、結果として内戦を長引かせているという指摘もある。タリバンは市民を食わせる責任はないと主張し、アラーが施してくれるといっている。また、外部勢力が軍閥にカネや武器を送り続けている限り内戦は衰えないとも。
 米国は、タリバンが初登場した当時は、「麻薬と軍閥の一掃」という米国のアフガンに対する政策目標とタリバンの目標は一致すると、タリバンに夢中であった。タリバンが女子学生を放り出しても批判はしなかった。その後の米国のタリバン政策の転換は、国内でのフェミニスト運動によるタリバン反対の運動から引き起こされた。クリントン大統領が女性票に支持されている立場から、リベラルなアメリカ女性を当惑させることができなかったためである。
 この地域的な激動の核心にあるのは、今日未開発のまま残された最後のエネルギー資源である、中央アジアの巨大な石油・天然ガスを巡る争奪戦である。このエネルギー資源を欧州とアジアの市場に運び出すために必要な大規模パイプライン建設をめぐる周辺地域各国と西側石油企業間の激しい競争である。どうもこれが、米国・ロシアの2大国を始め、イラン、パキスタン、トルコなどの近隣諸国の思惑が入り問題を複雑にしているように思える。
 本書は、2000年1月に発行されたものであるが、当時のアフガニスタンはタリバンが全土の90%支配していたものの、未解決紛争の火薬庫になっており、国を再統一できる指導者、集団が皆無であった。 ソ連の侵攻により、アフガン人は米国のために冷戦を戦ったのに、米国に見捨てられたとの恨みを感じている。今回の米国のタリバン攻撃でどのように変わっていくのか。また、かって米国がタリバンを直接あるいは、パキスタン、サウジアラビアを通じて支援しており、一方ではロシア、イラン、中央アジア諸国、反タリバン同盟といった構図の中で、米国が同時多発テロを契機にタリバン攻撃に転換したことによる枠組みがどのように今後変わっていくのか興味がある。いずれにしても被害者はアフガンの一般国民である。
図書館
イスラム過激原理主義藤原 和彦中公新書H13.
12.3
・・
12.7
  自爆テロが果たしてジハード(聖戦)の殉教者となりうるのかとの疑問から本書を読んだ。本書は主にエジプトのイスラム過激派を中心に描いており、タリバンのウサマ・ビン・ラディンまで言及しているが、パレスチナのイスラム過激派までの記述はない。本書が主に取り上げているのは、サダト大統領を暗殺し、後に国際革命路線に傾斜した「ジハード団」とルクソール事件など大量殺戮テロを実行した「イスラム軍団」という2組織。米同時テロにもエジプト出身の過激派が関与しており、そのイデオロギーの源流としての「ムスリム同胞団」の系譜、ウサマ・ビン・ラディンのネットワークなどイスラム過激派の概要が理解できる。過激派の活動を大きく変えたのは、アフガニスタンでソ連軍と戦った義勇兵「アラブ・アフガンズ」だった。
イスラム原理主義の目標は、シャリーア(イスラム法)の適用とカリフ制(予言者ムハマンドのカリフ(代理人、後継者)が統治するイスラム独自の政治制度の樹立である。タリバンは最高指導者のムハマンド・オマルをイスラム教信徒の司令官に選出した。実はこれこそがカリフの称号であり、「信徒を率いてジハードを戦い、異教世界を征服する軍司令官」だとも。
 イスラム原理主義の原点はイランのイスラム革命にあるが、イスラム過激派が話題になるのは、戦争やテロの際に限られているため、彼らは無謀な狂信者集団と思われている。しかし現実には、彼らは独自の革命思想のもとに組織化され、各々の論理と目的のため冷静な手段を選択している。
 アラブ世界の過激原理主義勢力が92年前半から各国でテロを主体とした反政府武装闘争に決起した背景には、アフガン戦争が89年に終結し、各国の原理主義勢力がその関心を改めて祖国に向け、イスラム化に消極的な自国の状況に怒りをぶつけることになったことと、91年の湾岸戦争でイスラム教国のイラクを爆撃した多国籍軍を憎んだが、それ以上に多国籍軍に参加、支援したアラブ各国政権に反発した。原理主義勢力がソ連軍をアフガニスタンから駆逐しただけでなく、ソ連そのものを崩壊に追い込んだと言う見方も強い。
 過激原理主義では、ジハードの殉教者は、「天国では最もデリシャスな食べ物、最も甘美な果物・・・そして72人の妻がもてる」という官能的な天国観があると教え、若者に天国への道へと逸らせる。まさに戦時下における我が国の戦陣訓を思わせる感じがする。
購 入
イスラム潮流NHKスペシャル
「イスラム」プロジェクト
NHK出版H13.
11.26
・・
11.30
  どうも最近イスラムへの関心が高まってきて、またイスラム関係の本書を読んだ。本書は1999年放送したNHKスペシャル「イスラム潮流」で行った取材の際の詳細な報告をまとめたものであり、世界のイスラム国の実情を紹介している。
 いま、信者が増加し続けているという。トルコでは99年8月の大地震の後、イスラムへの信仰を呼び覚ました。また、マルコムXをはじめとして、「やり直しができる」の言葉が、アメリカの競争社会が救いきれない人々をイスラムへと引き寄せている。イランではイスラム革命によりアメリカが追放され、ソ連にとっては歓迎すべき事態だったが、ソ連がもっとも毛嫌いする宗教を御旗に成就した、イスラムという新たな勢力がソ連邦を構成する中央アジアに飛び火することをおそれ、アフガニスタンに侵攻したが、撤退で今では中央アジア諸国はイスラム国に回帰しているという。ニューヨーク名物のイエローキャブの運転手のほとんどがイスラム教徒という実態もある。
 しかし、原理主義にみられるように、米国ではテロの対象として見る傾向が強くなってきた。これはジハード(聖戦)の解釈がイスラムを主張するゲリラの武装闘争を指しているようなニュアンスになっているのが起因しているが、本来は、敵とは自分の中にすむ敵をいい、怠情、忘却、我執など克己心の戦いをを言うことらしい。いま、世界に冠たる法治国家の米国では、テロのターゲットをイスラム教徒として「反テロリズム法」を成立させた。そこでは「公開されない証拠」によるイスラム教徒の取り締まりを厳しくしている。
 コーランでは、すべての財産は神のものという考えから、利息を禁じており、世界の20カ国で無利子銀行が経営されており、預金残高の成長がめざましいという。イスラムに改宗する動機に、医師では救える人間の数に限りがあるが、無限大ともいえる人たちを救済できるのはイスラムしかないという言葉を聞いて頷ける面も一面ある。
 イスラムが自殺を許していないことは自明であるが、ジハードと称してイスラムでは聖なる戦いで落命した人は殉教者と呼ばれ、人間としてはこの上ない境地の天国にいけるとされている。まさに日本軍の死して軍神となることを思い起こされる。数学の「十進法」を確立したのもイスラム世界、アルカリやアルコールといった「アル」のつく用語もイスラム社会が生んだ言葉。そういえば今の算用数字はもともとアラビア数字といったのを思い出した。昔世界史で習ったマホメット、アラーの神は、最近のイスラム関係を読んでいくと、どの本でもムハマンド、アッラーの神と言っているのに気がついた。
図書館
ベトナム戦争松岡 完中公新書H13.
11.17
・・
11.22
  米国のアフガン攻撃を機に、米国が第二のベトナム戦争になりはしないかとの危惧から本書を読んでみた。本書は日本軍の仏印進駐から、第一次インドシナ戦争を経て、ベトナム戦争に至った経緯がよく分かる。ジュネーブ協定を無視する米国、仏軍のインドシナ撤退、トンキンワン事件、北爆開始、テト攻勢、南ベトナムのラオス・カンボジア侵攻と続くが、南ベトナム市民も夜間はベトコンに通じていたりして、ゲリラ戦の困難さをよく表しており、厭戦気分から反戦デモを引き起こし、やがて米軍の完全撤退となり、プノンペン・サイゴンの陥落と続く。ホーチーミンのベトミンのインドシナ統合の構想やこれに対するラオス・カンボジアの反発等が背景にあるものの、ベトナム戦争の直接の原因を作ったのは、ゴ・ジン・ジェムとその一派であり、その後のクーデター続きと米ソの確執や中ソ関係の大国の思惑が戦争を拡大したと言える。朝鮮、ドイツ、ベトナムと先の大戦により、国家が分断されたが同様といえよう。
 米国が地球規模で行った戦争で、唯一敗北を味わったベトナム戦争は、米軍の完全撤退から30年が過ぎようとしているが、未だにベトナム症候群が払拭されず、先の湾岸戦争でも払拭されず、それが今回のアフガン攻撃につながっているように思えてならない。それが今度も徹底的空爆とピンポイント爆撃という攻撃方法に代わっているのだろう。
 本書は、視点を変えて何度も遡るため、時系列に頭の中を整理していると混乱し、非常に読みにくい構成となっている。題名は「ベトナム戦争」であるが、内容としては米国の先の大戦後のアジア戦略経過を詳しく述べている。ベトナム戦争は、日本の基地を最大限に活用し、ナパーム弾の90%は日本製ということを初めて知った。また、副産物として沖縄返還があることも。朝鮮戦争ほどでもないが、日本経済に特需を生み出したということも。
図書館
覇 剣鳥羽 亮詳伝社H13.
11.9
・・
11.16
 久しぶりに剣豪小説を読んだ。かって柴田練三郎の剣豪小説をむさぼり読んだことを思い出した。本書は宮本武蔵と柳生兵庫助との対決がクライマックスとしてストーリーは進むが、小次郎との巌流島の決闘から、物語は始まる。兵庫助の新陰流の神髄は人を活かす活人剣、武蔵は人を斬り倒す殺人剣。すでに斬るべき相手のいない江戸の世で、なおも兵法者の道を貫く武蔵が描かれている。
 柳生新陰流石舟斎は、嫡孫である兵介(後の兵庫助利巌)を新陰流の正統を継ぐ者として期待をかけ、熊本の加藤清正に侍大将格で抱えられたが、キリシタン一揆の掃討に際して振るった己の殺人剣に怖れおののき、新陰流の奥義を極めるため、諸国で手合わせをしながら廻国修行し、やがて尾張藩主徳川義直に新陰流を直伝する。
 武蔵は、小次郎を倒した後、そのまま小倉を離れ、徳川家兵法指南役の柳生宗矩に勝ち、武蔵の剣を天下一と認めさせることを目的に江戸に向かう。その間巌流一門や小野一刀流らの数々の挑戦を退け、やっと宗矩に引見するが、新陰流が他流派との手合いを厳禁していることから、沢庵和尚の計らいで宗矩本人から無刀流の太刀を見ることが出来たものの、直接手合わせをすることが出来ず、江戸を離れる。
 沢庵から柳生新陰流の正統を継ぐ者が兵庫助と聞き、尾張に向かうが、ここでも直接手合わせすることが出来ない。藩主義直の武蔵の剣が見たいとのたっての希望から、御前試合となり、兵庫助は一番弟子を出したが武蔵に破れ、その後自殺することになる。武蔵はついに兵庫助に、果たし状を送り、兵庫助は稽古としてならということになり、三度立ち会うが決着がつかず、最後に武蔵も手合わせを終えることに応じる。以後、武蔵の手合わせはこれでおしまいとなる。
 武蔵が関ヶ原の戦いで豊臣方の宇喜多秀家の軍に加わっていたことや大阪冬の陣で大阪方に加わっていたとは初耳、本当だろうか。吉川英治の「宮本武蔵」を夢中で読んだが、本書は武蔵の太刀さばきがリアルで、また面白い。
図書館
王妃の館
(上・下)
浅田 次郎集英社H13.
11.5
・・
11.9
 ベストセラーということで、図書館にリクエストして、3ヶ月も待たされた。ストーリーは至って簡単。瀕死の旅行会社を立て直すため、企画されたツアーは、完全ダブルブッキングの計画。ルイ14世がこよなく愛したパリのホテル「シャトー・ドウ・ラ・レーヌ(王妃の館)」のゲストルームを10日間使って、ファーストクラス、最高級レストランで150万円の「光」ツアーグループと、ゲストルームは使えるものの後は最安でツアーをする19万8千円の「影」ツアーグループがおりなす珍道中。
 ツアーコンダクターは、「光」が旅行会社社長の愛人の敏腕ツアコン、「影」が敏腕ツアコンのさえない元夫。お客は「光」が上司との不倫の末リストラされた38歳のOL(個室のため200万円払う)、今をときめくベストセラー作家、作家のグリップ旅行として従う出版社の女性編集者、工場経営が破綻して有り金はたいて心中旅行の夫婦、成金の不動産王とその恋人の7人。「影」が謹厳実直の元警察官、フランス人の元恋人を捜すオカマ、世界を股に掛けるカード詐欺師夫婦、元夜間高校教師夫婦(後で心中旅行の夫婦が元教え子で、夫婦の媒酌を)、ライバルの両出版社の編集者の8人と多士済々。
 ホテルの同室を使うには、朝「光」グループがホテルを出てから、夕方まで「影」グループがゲストルームを満喫しようというもの。その後ホテル側で「影」の痕跡をなくして「光」に引き渡すことになり、当然にホテル側も抱き込んでのこと。「影」のツアコンは、気弱な性格から早々にメンバーにばらしてしまう。しかし、「光」には、絶対に秘密にしないといけないが、秘密は守りきることが出来ず、最後には全員が知るところとなり、後はドタバタの珍道中。
 ホテル側の老人のルイ14世の語りが、やがて、ベストセラー作家の執筆する題材となり、そのストーリーが本書の約半分を占めるが、どうもよく分からなくてほとんどすっ飛ばして読んでしまったので早く読み終えたが、どうもここは無くてもいい感じがした。
図書館
灰の男小杉 健治講談社H13.
10.29
・・
11.2
 久しぶりに面白い小説を読んだ。昭和20年3月10日未明の東京下町の大空襲を中心に、ストーリーは進むが、大戦前夜の下町人情や雰囲気もよく描き出されている。登場人物は噺家で二つ目三遊亭円若こと高森信吉と伊吹耕二。この二人を巡って物語は進む。
 信吉は親から勘当されても落語の道に進むが、兄の戦死、恋人和子のサイパンへの慰安婦で焦燥の日々を。陸軍記念日の3月9日に米軍の空襲を予想して、勤めている軍需工場の倉庫の襲撃を計画、仲間の事務所放火で灯火管制のもとにB29に位置を知らせたとも。やがて大空襲で父と妹道子がいなくなり、探し求める。
 道子は、先生となり学童疎開で宮城県に疎開したが、3月の卒業式のためいったん帰京して大空襲に巻き込まれる。耕二は、召集でいったん入隊するも精神障害になり、新聞関係に勤めている兄の勧めから静養のため宮城に疎開する。そこで、耕二と道子は知り合い結婚の約束をする。3月の帰京の際は、戦況を熟知している兄から絶対に東京には行かせないようにとの指示を受けるが、道子は式が終わり次第すぐに帰るからと行く。耕二は母の形見の万年筆を渡す。
 道子は空襲の際、万年筆を家に忘れ、取りに行った際惨事に巻き込まれる。耕二は万年筆を渡したことに自責の念に駆られ、道子を捜し求める。その後、ある人が、万年筆をしっかり握った焼死体を見つける。やがてその万年筆は信吉の元に返り、名前を変えていた耕二は、信吉から万年筆を見せられ、ある事件の証言を覆すことになる。
耕二の兄は、米国の和平グループとのつながりがあり、実際は厭戦でありながらも、記事は1億総玉砕の記事を書いており、早期和平にするには下町を犠牲にしても早く戦争を終結させたい意向があった。下町の大空襲は記録の上では、3月10日0時08分となっているが実際には前日23時58分、実際に空襲が始まってから、空襲警報が発せられたとも。遅らせる理由は何か。
 大空襲で運命的な出会いが平成の現代まで続き、色々な登場人物が現れるが、それが細い糸で結びついて絡まっており、ある種の推理小説といえ、最後にどんでん返しもあり、読者にとって色々推理を楽しませてくれる。大空襲の情景は、読む者にとって涙を誘う。建物強制疎開や焼夷弾の前に米軍が空からガソリンを蒔いたことも初めて知った。
図書館
中東戦争全史山崎 雅弘学研M文庫H13.
10.15
・・
10.19
 アメリカのアフガン侵攻を機に中東情勢が知りたくなり、本書を買った。本書は第1次から第4次にわたる中東戦争、その後の中東情勢について詳しく解説してくれる。キリスト教・イスラム教・ユダヤ教が共に聖地と仰ぐエルサレムに紀元前にイスラエルが存在していた。
 パレスチナ紛争の元凶をつくったのは、第一次大戦以降に繰り広げられた英国の三枚舌外交だといわれ、以後80年以上に延々と続くアラブ人とユダヤ人による民族紛争の事実上の発端となったと指摘している。第2次大戦後、英国はパレスチナ統治問題を放棄して国連に一任し、パレスチナ領土を一方的に分割の決議をした。ここにシリアを初めとするアラブ人を団結させ、反ユダヤ闘争が始まる。
 第1次では、イスラエル建国宣言に端を発し、エルサレムの分割をし、イスラエルは西エルサレムを手中に、しかし、ユダヤ教徒にとって最も神聖な場所の「西の壁」がヨルダン側にわたり紛争の種が残り、パレスチナ難民を多く発生させた。
 エジプトにナセル政権が誕生し、スエズ運河を国営化させ、スエズの支配権を失った英・仏はイスラエルを援助して第2次戦争が勃発。イスラエル軍はシナイ半島に進撃して、英・仏が参戦しスエズ動乱が発生、英・仏の介入の完全な失敗となり、運河の支配権はエジプトに。背景に米ソの2大大国の思惑が。
 シリアの全面的な庇護を受けるアラファト率いるファタハはゴラン高原からイスラエル領内に砲撃を開始、ナセルを実力行使に巻き込み第3次戦争。6日戦争で終わったがイスラエルの劇的な勝利に終わり、エジプトはシナイ半島を損失。
 ソ連のナセルエジプトへのテコ入れ、ナセルの病死とサダト大統領のソ連への決別から、エジプト軍のシナイ奪回作戦の大反攻、ゴラン高原でのシリア軍とイスラエル軍の死闘による第4次戦争の勃発。キッシンジャー米国務長官の仲介により停戦へ。
 中東戦争後、サダトのイスラエル訪問、サダトとペギン平和条約の調印とエジプトとイスラエルの和平交渉が進むかに見えたが、レバノン南部でのPLOによるイスラエル・テロの活発化や日本赤軍の登場で混沌。イランのホメイニ主導によるイスラム教シーア派のイスラム原理主義革命がやがてイラン・イラク戦争に誘発し、ホメイニ政権とイスラエルのぎこちない外交関係がスタート。原理主義運動から指令があったとも言われる暗殺者からのサダトの暗殺。PLOのイスラエル攻撃に端を発したレバノン侵攻とPLOのレバノンからの撤退し、アラファトPLOのテロ行為の放棄イスラエル国の承認宣言と和平に近づいた。イラクのフセインによる湾岸戦争は、イスラエルにミサイル攻撃して、イスラエルを巻き込もうとしたが、フセインの目論見は破れる。
 1993年9月のラビン首相とアラファトによる「パレスチナ暫定自治協定」の署名で、ノーベル平和賞を受賞し、パレスチナ暫定自治の実現が見えたものの、ラビンの暗殺で、両者の関係は、また坂道を転がるように悪化の一途をたどることになる。バラク首相になりエルサレム分割の容認の発表して、和平への動き光明が見えたが、野党タカ派のシャロンの聖地訪問にパレスチナ人は反発した。やがてイスラエル首相にシャロンがなり、和平交渉再開の道は大きく遠のき、パレスチナ過激派組織はアラファトを弱腰と決めつけユダヤ人への無差別テロを再開してしまう。
 いつまでもきな臭い関係が続くのだろうか。いつ和平の日が訪れるのであろうかし思う次第。
購 入
白い犬とワルツをテリー・ケイ
兼武 進訳
新潮文庫H13.
10.2
・・
10.5
 最近の文庫のベストセラーということで購入した。長男を交通事故で亡くし、長年連れ添った妻に先立たれて、自らも病に侵され足の不自由な老人サム・ピークは、近くにすむ子供達夫婦や孫達の暖かい思いやりに感謝しながらも一人で余生を生き抜こうとする。
 妻の死後どこからともなく現れた白い犬は、ある時はサムの回りを飛び回り、ある時はサムの傍らにうずくまり、サムに寄り添うようにして、一緒に生活を始める。犬は、サム以外の人間の前にはなかなか姿を見せず、声も立てない。サムは久しぶりに同窓会にオンボロ自動車で、白い犬とともに遠くのマジソンまでやっと行くが、思い出の場所は妻との出会いの場所であり、出席はしなかった。
 やがて、サムは癌と戦うことになり、体が衰弱し子供達に見守られる生活が始まり、白い犬は居なくなってしまう。犬が居なくなって「あれはな、おまえ達のママだったんだ。毎晩、ベッドで俺のそばに眠ってくれた。若い娘だった頃の姿でな・・・」のくだりは感涙を誘う。白い犬は50年以上も続いた結婚生活の化身ともいえる。一人暮らしの他愛もない生活が日記に綴られ、これがほのぼのとしてまたいい。
 これを読むと、女房を大事にしなければとの思いを強くする。
購 入
御家の狗岳 宏一郎毎日新聞社H13.
9.17
・・
9.21
 徳川家康・秀忠をめぐる家臣本多正信・正純父子をめぐる歴史小説。三河一向一揆を指揮し、家康を滅亡の寸前まで追い込んだ、元鷹匠の正信は大久保忠隣の父大久保忠世に労を執ってもらい家康の元に帰参する。戦には不向きであったが実務に長け、やがて家康の信頼を得て頭角を顕わす。
 家康は将軍職を秀忠に譲り大御所となり、正信は将軍の後見役となり、正純は駿府で家康の元、執政となる。秀忠の博役である忠隣と後見役の正信との確執が始まる。正純の与力岡本大八事件を家康のおかげで不問に付し、大久保派に対して猛烈な巻き返しを図る。庇護者に大久保忠隣を持つ金山奉行大久保長安に対して、莫大金銀を隠匿したとした長安事件で、長安を追い落としを図る。
 正純は大阪の陣で総濠を埋めるなどの辣腕を振るうが、家康の死後秀忠から疎んぜられ、福島正則の改易にも小山評定での徳川への恩恵をあげ反対したが、秀忠は聞き入れず、やがて秀忠の強い不興を蒙り、秋田藩お抱えとなり幽閉され一生涯を終える。一家臣の目から見た家康・秀忠の側面が見えておもしろい。
図書館
ため息の時間唯川 恵新潮社H13.
9.12
・・
9.14
 女房が借りてきた本を拾い読みしている内に、何となく最後まで読んでしまった。女と男のラブストーリーというふれ込みだったので、女性向きかなと思っていたら、どうしてどうして。9編が収められている短編小説集である。読み終わって、ため息の出たのは、数編にすぎない。以下、特に印象に残ったものをあげると、
「口紅」−結婚時に「化粧をしないでほしい」という原田との約束を20年間守ってきた妻が、死を目前に病院のベッドで「口紅を買ってきてほしい」たのむ。年に一度、夫の同級生の友人達が自宅に集まるが、まだ一度も夫の友人に化粧した顔を見せたことがない。その不遇を託つ夫の友人に、何かにつけ面倒を見てきた妻だが、最後に口紅をつけて夫の友人に会いに行きたかったことを知る。
「終の季節」−窓際族に追い立てられた杉浦は、喫茶店でゆかりから援助交際の相手と間違えられる。娘の同級生が自宅に遊びに来たとき、その友人がゆかりと知る。リストラにあって退職と同時に妻から離婚を迫られた杉浦は、一人でアパートに住み、娘の携帯電話から盗み出したゆかりに電話し、ゆかりの行方不明の父親になり切って改心を迫る。ゆかりの父親が以前に杉浦がリストラを宣告した部下だった。ゆかりは父が退職して家を出たのが3年前であり、声からして父親ではないことは分かっていたが、杉浦の熱心な勧めでやがて改心していくという話。
「言い分」−婚約者と恋人を二股天秤にかけ、双方の言い分をすぐに真に受ける情けない男の話。最後に二人とも去って行くべきなのに、最後まで男に未練を持っているのが腹立たしい。この編はため息も出ない愚作としてあげる。
「分身」−メールの楽しさを教えようとする夫は、会社から偽名で年齢を偽って、妻宛にメールを送る。最初は、妻からその都度他人からメールが来たことを夫に報告していた。夫は是非返事を出すように薦めるが、妻は後込みする。そのうち妻からの報告はなくなったが、夫はすべて知っており、だんだん内容がエスカレートして不倫のような感じを受ける。とうとう一度会おうということにししたが、夫は当然に行かないで、遠くから待ち合わせ場所で妻が待っている姿を見て、これでメールはおしまいとするが、夫が作り上げた人物のような若い男性と雑踏の中に消えていく話。
図書館
二青年図岩田 準子新潮社H13.
9.5
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9.11
 竹久夢二に画才と美貌を寵愛された岩田準一について、孫娘である著者が準一と江戸川乱歩との同性愛について、赤裸々に描き出した小説。私自身が、男色についてはとんと興味がなく、読んでいく内に気持ち悪くなったが、登場人物が夢二、乱歩の他、与謝野寛(鉄幹)さらに南方熊楠と実在の人物のため、ついついと最後まで読んでしまった。どうも芸術家は、我々凡人と違って考えることがよく分からない。さらに高齢となってくると理解に苦しむ。
 夢二の一番弟子を任ずる準一は、18歳の時夢二式美人の個展を開き、好評を得る中で平井太郎と知り合い感化を受ける。その後与謝野夫妻の薦めもあって上京し、夢二の寵愛を受けるが、偶然に太郎が江戸川乱歩名で活躍を始めたのを見つけ、夢二を離れ太郎との同性愛に陥る。その後乱歩は探偵小説に力を注ぎ、準一は乱歩の小説の挿し絵画家となる。また、準一は太郎のたっての依頼で男色史の研究に没頭し、雑誌に連載することになった。エロ・グロ・ナンセンスの時代である。
 田舎の母親の死に際して、田舎では変人扱いを受け、母親も準一の生き様を知りながらも、仕送りを続けていたことを知り、結婚することに踏み切ったが、一児を設けながらも、やはり太郎との未練は断ち切れず、心酔している太郎への慕情は募る。その後、田舎で民俗学の研究へ進み、渋沢敬三の依頼で久しぶりに上京し、太郎に会えることを楽しみにしていた前日に、45歳の若さで絶命する。
 題名の「二青年図」は、準一が太郎と出会って倒れるまでの準一の心模様を描き続けた日記のタイトルで、乱歩が生前中は世に出すのをはばかっていたものを、ここで著者が明らかにした物と言える。それにしても、奥さんや子供がかわいそうに思えてならない。最後まで理解できないことが多かった。南方熊楠までも、その道と知ってびっくり。
図書館
歴史をあるく、
文学をゆく
半藤 一利平凡社H13.
8.31
・・
9.4
 司馬遼太郎の「街道を行く」の向こうを張っているわけではないが、著者独特の軽いタッチで、自称歴史タンテイの調査報告としてまとめている。それに加えて、文学の思い出の場所を訪ねている随筆集。
 「歴史をあるく」編では、大化改新や壬申の乱に代表する飛鳥の争乱の場所、万葉集の近江路、湖北・戦国時代の古戦場、忠臣蔵の討ち入りから引き揚げ、坂本龍馬の土佐、河井継之助と長岡の戦場を訪ねる。古事記を朝鮮語で読むというくだりはおもしろい。また司馬遼太郎の「峠」は、私が学生の頃感銘を受けた小説の一つであるが、長岡は戊辰戦争と太平洋戦争の2度の戦火を浴び灰燼に帰したため、戊辰のころの遺跡は全くなくなっているのが寂しい。竜馬の死後、坂本一家は釧路に移住し遺品はすべて釧路に移されたが、大正2年の釧路の大火で全部消失してしまったのも残念。
 「文学をゆく」編では、藤沢周平「海坂藩」の城下、永井荷風「墨東綺譚」の向島界隈、夏目漱石「三四郎」の本郷界隈と「坊ちゃん」の道後温泉、義仲寺の芭蕉翁、司馬遼太郎「坂の上の雲」と松山を訪ねる。私は、「坊ちゃん」は一昔前、あとは「坂の上の雲」しか読んでないので、どうのとは言えないが軽妙なタッチがいい。一度、向島界隈と本郷界隈を訪ねてみたい。しかし、著者の奥さんが夏目漱石の孫だとは知らなかった。
図書館
すぐそばの彼方白石 一文角川書店H13.
8.27
・・
8.30
 久しぶりに、フィクションを読んだ。「政治の実態をリアルに、恋愛の本質をここまで克明に描き出した小説が、未だかってあっただろうか」とのふれ込みに食指が沸き、一気に読んだが、恋愛の部分はどうも政治の方とはかみ合わない感じがした。ただし、政治については現代日本の政界の実情と内幕について鋭く迫っている。
 次期総裁選レースの大本命といわれる大物政治家を父に持つ柴田龍彦は、今は父龍三の秘書として働くが、4年前に自ら起こした裏口入学の斡旋という不始末から、自殺未遂で精神的に不安定な状況に陥り、自分名義のクレジットカード、運転免許証すら持つことが出来ない不遇をかこっていた。父の総裁選出馬を契機に政界の深部に飲み込まれていく彼は、徐々に自分を取り戻しはじめ、いやでも政治の実態に入って行かざるを得なかった。 時の総理松岡は、龍三との2年後の禅譲の約束を反故にして、続投の姿勢をみせていたが、松岡派の重鎮の受託収賄容疑で退陣を迫られる。サミット後の米大統領との一緒の帰国という一策で奇をてらったが、コメ市場開放というの確約を訪日の条件とする龍三らの細工が功を奏し、松岡退陣に追い込み大統領の訪日を中止させる。まあここまでの派閥の抗争、検察との取引、マスコミとの駆け引きは、よく耳にする話である。「政治における金銭のやり取りは、命のやり取りと等しく切実さと重みを持っており、政治家達は与野党を問わず、こと金のことに関しては口をつぐんだままで墓場まで持っていく」とは、うなずかざるを得ない。
 達彦を巡る女性は、父の政治献金をまかなう大富豪の娘の郁子、不祥事のきっかけとなり別れさせられた薫、そして、同郷の由香子である。兄嫁の不祥事から、兄尚彦に代わっての参議院選に出馬する気になったが、龍彦自身が犯した過ちが巨大な幻影と化して過去の彼方に遠のいていくのを感じることになり、最後に薫の元に走ることになってオシマイ。全くのフィクションであるが、政治家を巡る内幕はよく耳にする内容ばかり、もう少し事実に沿って、政治家の名前をもじった名前を付ければ、さらに迫力が出るだろう。
図書館
餓死した英霊たち藤原 彰青木書店H13.
8.13
・・
8.16
 今年も、56回目の終戦記念日を迎えるにあたり本書を読んだ。日本軍戦没者の過半数が餓死だった事実について、その実態と背景を詳しく解説している。補給の不足・途絶による戦争栄養失調症が常態化し、体力の低下から抵抗力を失って、マラリア、赤痢、脚気などによる病死、つまり広い意味での飢えによる死、餓死を大量発生させた。
 ソロモン群島のガダルカナル島やビスマルク群島のラバウルでは戦没者約12万名のうち9万4千名が餓死、ポートモレスビーの山越えの陸路攻略作戦、ニューギニアでは第18軍の約14万8千人の内90%が餓死、インパール作戦を始めとするビルマ戦線では戦没者18万5千名の内14万5千名が病死者。また狭小の島では、米軍はこれらの島を跳び越えて進軍していくため、制海・制空権がない日本軍は補給もなく、島は珊瑚礁で農耕に適してなく、約12万3千名が病死・餓死。フィリピン戦では約50万人の戦没者を出し、約40万人が餓死、特にレイテ決戦では97%が戦没している。その凄惨な飢餓の状況は、大岡昇平氏の「レイテ戦記」を読むとよく分かる。また、中国での50万人の大軍を動かした大陸打通作戦での栄養失調により約22万8千人が戦病死。筆者は、病死者、戦地戦争栄養失調症による広い意味での餓死者は127万6千名と推定し、全体戦没者212万1千名の60%強としている。
 この原因をつくったのは、まず大本営の敵情判断の誤り、補給無視の作戦計画、現地自活主義による兵站軽視の作戦指導であり、直接には作戦参謀の独善横暴にあるとしている。筆者によれば、高級参謀の田中新市、服部卓四郎、辻正信の強硬トリオが参謀本部を開戦論にまとめ、対英米開戦に突入させ、その後の南方での作戦指揮はほとんど彼らによるとしている。この他でインパール作戦の牟田口中将の功名心からの無謀な作戦も指摘している。
 著者は、この背景には日本軍隊の思想的な背景があると指摘している。1つには日露戦争以来の歩兵の白兵突撃が至上という日本式戦法の確立、2つには兵士の人権の問題で兵士の地位が極めて低いこと。陸軍の准氏士官以上は7割が生還しているのに対して、兵士の生還率はわずか1.8割であったことが物語っている。また、軍組織でも兵站部門の軽視であり、輜重兵科の差別化さらに経理部軍医部の差別化を指摘している。さらに、陸大出身者の猛烈なエリート意識が、教育の上で兵站や補給の問題を軽視させた。そして、戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けるな」という言葉に代表される捕虜・降伏の禁止と玉砕の強制にあったとしている。どんな状況下でも、捕虜を許さず、降伏を認めないという軍の考え方が、大量の餓死と玉砕の原因になったとしている。
 それにしても、服部や辻は、戦後まで生き延び、戦犯容疑はどうだったんであろうかと思われるが、あの容疑の裁判は、連合軍に対する人道上の罪に対して行ったものであり、同胞に対する人道上の罪は不問に付したように感じる。確か辻は参議院議員となり、その後タイからミャンマーあたりで消息不明になったと記憶しているが。
図書館
日本の戦争責任とは何か高濱 賛アスキーH13.
8.6
・・
8.10
 今米国内で対日戦争責任を追求する動きがある。半世紀以上も前の戦争犯罪が「今頃、なぜ?」という気がする。中国系と元米兵捕虜団体が大同団結し、強制労働への謝罪・賠償の対日本企業集団賠償請求訴訟が起きているという。サンフランシスコ講和条約でお互いに請求権を放棄することで解決済みなのに。
 ドイツでは、禊ぎはすんでいるという。欧米の知識人は「ドイツは戦争責任について正式に謝罪し、過去をすっかり精算したが、日本は誠意を持って謝罪していない」という。ドイツの謝罪は600万人の犠牲者をだしたホロコーストへの謝罪であり、日本は何に対して謝罪するのかという意見もある。南京についてか、真珠湾についてか、まさか戦争にいたるすべての政策決定についての謝罪でもあるまい。米国で対ドイツ企業賠償支払い交渉が2000年7月17日政府と企業が50億マルクずつ拠出して犠牲者賠償基金を設置することで合意した。ドイツには講和条約がなかったからという意見もある。
 日本が謝ったことがないという意見に対して、「日本は国として、戦争直後に立派に謝っている。おそらくこれ以上の謝罪の仕方は人類史上他に例がない。それは憲法9条だ。」という意見があるが、そうすると将来にわたって、憲法の改正はできなくなると筆者は指摘している。この他、南京大虐殺、731細菌部隊、昭和戦争の戦争責任、日系米人の強制収容所、広島・長崎の原爆等についての戦争責任についても言及している。特に、アメリカが今でも引きずっている道義上の衝撃は、広島に投下した原爆の威力が分かりながら、なぜ3日後に長崎に投下したかということらしい。
 最後に、筆者は戦争責任は、日本国、日本軍全体の戦争犯罪ではなく、第一は犯罪を見過ごしたり、暗に指示した中間幹部たちの責任、第二には「捕虜の待遇に関するジュネーブ条約」を遵守させなかった上官、企業トップ、中間職の責任と結んでいる。
先に、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が行った、史上初めてのローマ教会が過去2千年に犯した罪についての謝罪は「公の謝罪」として話題になったが、謝罪は難しいということを実感する。最近、米国で奴隷制度に対する謝罪・補償の請求もニュースになったが、こんな昔のことを今更という気がするが、これもアメリカの訴訟社会のなせるわざと思えて仕方がない。
図書館
時代末(上・下)
(上・下)
堺屋 太一講談社H13.
7.23
・・
8.3
 筆者は、平成の今、「昭和」が近代工業社会という一時代の頂点から終焉に向かい、筆者の説く知価社会に移行するという意味から、本書のタイトルとしている。日本が本格的近代工業社会の達成に進み出たのが1920年の第1次世界大戦の後、本書はそこから導入し、頂点を極めた1980年末、この期間を「昭和」と呼び続けてきた昭和の時代にスポットを当てて、時代背景をわかりやすく解説してくれる。
 軍部と右翼の台頭、そして統制派と皇道派との確執、やがて2・26事件へ、右翼の「贅沢は敵」と左翼の「資本家は敵」の主張の違いは言い得て妙である。昭和の陸海軍は軍人協同体化して、共同体の部外者を組織の要職に入れず、共同体内部の結束と平穏を乱すような内部競争をなくすことが要で戦争機能を放棄したと筆者は指摘。
 敗戦と同時に日本から軍事思想と国防精神が瞬時にして完全に消滅した。この様な国は世界の歴史に先例を見ない、これは徳川時代260年間を非武装国家として通した経験をもつ日本なればこそであるが、昭和の軍事国防思想がいかに上っ面だったかがわかるとも。戦後の復興とともに、戦前に生まれた体制、いわゆる「昭和16年体制」が生き残り強化された。第一はあらゆる製品の規格化でJISマークの制定、第二は画一型教育で、人間の規格化、均質化をめざす教育の仕組みができあがった、第三は東京一極集中で産業団体の集中に加え、書籍流通や情報発信も。
 今日、日本人が正義とすることは3つしかない。それは安全と平等と効率であると。この3つ以外のの正義が戦後の日本に全く存在しないことが問題と指摘。アメリカ占領軍が植え付けようとした自由、選択、個性、楽しさといったものは正義になり得なかった。現在の日本ではこの3つのいずれかを損なうとなれば、自由も個性も楽しさもたちまち抑制されてしまう。戦後、重要な政治問題となったのは、平等と効率または安全と効率の二捨択一の場合のみであったと良いと指摘している。
 昭和の終わった年は、バブルの頂点で史上空前のの豊かさを迎え、一人あたり国民所得は約25,000ドルで、当時のアメリカを3割も上回り、国民資産の一人あたりの資産額は米国の4倍、1990年時点でにほんの土地価格は2,600兆円でアメリカ本土の4倍以上、東京23区でアメリカが買えるまでとなった。そして昭和の終着を迎え、そして東西冷戦の終焉を迎えたのである。
 本書を読んで、城山三郎の「男子の本懐」のモデルである昭和初期の宰相浜口雄幸と現在の小泉首相と状況・立場がよく似ていることがわかる。海軍軍令部の強い反対を押し切って、ロンドン海軍軍縮条約を調印を実現し、これが後に暗殺を招いた。また、井上準之助蔵相の旧平価の金解禁がたたり、日本経済を「一時の苦悩」を伴う緊縮策を経て「真の好景気」にというシナリオが崩れ、不況を進化させた。歴史は繰り返されるといわれ、そうならないのを願う次第。
図書館
マネーメイカーズ
(上・下)
ハリー・ビンガム
訳:山本光伸
産業編集センターH13.
6.21
・・
6.30
 一台で巨万の富を築いた億万長者が交通事故で亡くなった。残された遊蕩三昧の3人の息子と一人の娘、さらに離婚した妻に遺言状があった。それには3年後に、自分の口座に100万ポンドを残した者に全財産を与えるというもので、かねは自分の力で稼いだことを証明できるものが条件であった。それ以来、病身の母親の世話を末の妹に押しつけ、息子3人の遺産獲得レースが始まった。
 長男はつぶれかかった老舗の家具メーカーを買い取りオーナーに。全オーナーの有能な秘書を恋人に立て直しを図るが、ライバル会社から会社つぶしに会う。信頼する社員をライバル会社に送り込み、偽情報をつかまさせて、損害の賠償額を手元に発展するが、期限までには100万ポンドに満たず、会社の買収先を探す。
 次男は、コーポレートファイナンシャーへ転身し、以前つきあっていた大富豪の娘の婚約者を正体不明にし婚約をあきらめさせ、やがて義父の信頼を受け結婚する。また、ライバルをアル中に戻させ、ライバルの考案した投資方法を自分の考案として、その功績で110万ポンドのボーナスを受けるが、2年の分割のため、レースの期限には間に合わない。また義父の資産を活用して香港の銀行の買収を示唆し、大幅な手数料を目論む。
 三男は、投資銀行のトレーダーとなり頭角を現す。上司の美女と同棲し、取引情報をもとに裏ではインサイダー取引で着々資産を増やしていったが、インサイダー取引が発覚しそうになり、折角取引で得た50万ポンドと引き替えに潰すハメに。何とか挽回しようと銀行地下金庫室からユーロー債を盗み出し、それを元手に50万ポンドを挽回し、短期間で元の債権を金庫室に戻す早業をする。  妹は、銀行の会計係に努めながら母親の看病をし、恋人からコンピュータの手ほどきを受け、銀行のコンピュータシステムに侵入する技術を身につける。
 期限の日に、全員が集まり弁護士立ち会いの元、銀行の残高証明書の封を開けると、意外な結末を迎える。3人いずれも残高0。次男、三男は前日までに100万ポンドを超える残高であったが、妹がすべて自分の口座に移し替え、結局妹がオーナーに、折に触れ妹と母親の面倒を見てきた長男が社長となる。次男、三男は妹が取引の状況をコンピュータですべて把握してしまっているため、犯罪の発覚を恐れ訴訟も出来ずに了承した。3人兄弟は、犯罪ぎりぎり、犯罪そのものまでやってのけるが、それによる罪の意識、立ち直ろうとする必死の努力、彼らを支える魅力的な女性達、これらを通じて、彼らは確実に人間としての成長を遂げていくのが描かれている。
図書館
なんや、これ?
アメリカと日本
米谷ふみ子岩波書店H13.
5.28
・・
6.5
 芥川賞作家の著者が、米国人と結婚して在米40年、日米の狭間で両国の矛盾を見つめ、イライラ、ハラハラする日々をエッセイ集としてまとめている。在外日本人の選挙権の問題、米大統領選挙の集計のゴタゴタ、森前首相の「神の国」発言、石原知事の「第三国人」発言、広島・長崎の原爆と戦争終結などに鋭く追求している。中でもたびたび来日する著者が、年老いて病弱な母親を兄弟で連れて行った様子は、なるほどと思わせる。日本では息子がそのような母親を腕を組み支えて歩くようなことはまずしない。著者が弟に「なぜしないのか」と尋ねたところ「人前では恥ずかしい」とのこと。日本人は「他人の老婦人ならまだできるが自分の母親に対して出来ない」ということを複数の男性から聞いた。著者はなぜ出来ないかと疑問を掲げているが、私も母親と同居していて分からないわけでもないと感じている。やはり文化の違いか。 図書館
「文明の裁き」をこえて牛村 圭中公叢書H13.
5.20
・・
5.25
 本書は、対日戦犯裁判読解の試みとして、極東国際軍事裁判の冒頭陳述でキーナン主席検事が述べた「西洋文明が非西洋文明国の日本を裁く」と述べた、勝者・敗者の文明の実体に実際に裁判に関わった人物の言動や自伝・回想録などからメスを入れて分析している。同時に平行して進んだニュールンベルグ裁判と比較し、西洋文明の法廷と非西洋文明の法廷における被告の言動の差異についても追求している。 また、東京裁判に様々な形で関わった人物の裁判論、文明論にも言及している。例えば、キーナンの「文明」は「我ら連合国」と同義語と見抜いた「ビルマの竪琴」の作者の竹山道雄、日本の戦時指導者の人物の立派さに高い評価を与えたオランダ人のレーリング判事、法廷を「儀式化された復讐」とみたインド人のパル判事、裁判の不公平さを指摘し、後に日本で英米法による刑事訴訟制度を整えたアメリカ人のブレーク弁護人など。
 さらに、B級戦犯とされた2人の例、死刑執行までを獄中記により西洋文明の本質を追究した河村参郎中将、オランダ裁判の重刑主義を指摘した戦犯の慈父といわれた今村均大将。特に、今村均は日蘭間の戦闘行動はわずかの9日間なのに、オランダ軍の戦犯裁判の死刑は、他の連合国を圧倒して236名と段トツに1位を占めている。これは、オランダが日本軍に対する圧倒的優越感が無く、戦後インドネシアの独立となって17世紀初頭からの植民地を失ったことが背景としてあることを指摘している。
図書館
仏教伝来
「日本篇」
梅原 猛
ほか
プレジデント社H13.
5.7
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5.12
 先に読んだ「仏教伝来 東洋篇」に続き、日本篇も読みたいと思い借りてきた。仏教伝来は、紀元552年(538年という説も)に百済の未曾有の国難に対して聖明王が必死に打った掛け。日本の欽明天皇の心を動かす切り札として、仏教伝来の贈り物として仏像が日本に伝来。当時の蘇我氏と物部氏(崇仏派と排仏派)の権力争いにより定着しなかったが、やがて聖徳太子により定着した。
 本書は、6回目にして、55歳で日本に渡航し、戒律制度を充実させた唐僧鑑真から始まり、日本仏教の祖といわれる最澄(伝教大師)、空海(弘法大師)、資料的価値の高い入唐求法の旅行記をまとめた円仁(慈覚大師)、難解な正法眼蔵を表した道元、二度の渡海求法を行った臨済宗の開祖である栄西について紹介している。日本の僧に共通しているのは、全員が若かりし頃比叡山にのぼり、大陸(中国)に渡航した経験を持っていることである。
図書館
白兵北上 秋彦講談社H13.
4.15
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4.21
 八甲田雪中行軍遭難事件を題材に、主人公津上中尉が上司の命を受け、日露戦争の戦地で真相の解明に取り組むというストーリー。雪中行軍は日露戦争を想定し、ロシア艦隊によって津軽海峡、陸奥湾が封鎖された場合、青森・弘前と八戸地区との連絡が重要な戦略課題となるとの判断から耐寒訓練を行ったもの。
 青森第5連隊(指揮官神坂大尉)は青森−田代温泉−三本木のルートで明治35年1月23日に出発、弘前第31連隊は十和田湖を経由して三本木−青森−弘前のルートで3日前の1月20日に出発。第5連隊の行軍は、猛吹雪に阻まれ119名の死者を出す遭難事故が発生。第31連隊は遭難直後に当地を通過し、第5連隊の亡骸を見ながら行軍を続けた。なぜ第5連隊を見殺しにしたのか。5連隊の遭難と31連隊の業績は厳しい箝口令が出され、真相は闇の中へ。そして生存した第5連隊の教育主任の濱口少佐の突然の死に疑問が。必死になって事件を隠そうとする軍部、日露戦争に勝てば、軍はより巨大な権力を手に入れ、さらに暴走を続け、多くの国民が死ぬことになるとの危惧から解明の追求をしたのだが。
 時あたかも、旅順では乃木将軍の第3軍が203高地の攻防で死闘を重ねている最中、非常時に、こんなことをやってていいのかと自問する津上中尉は師団でも知れ渡ることになり挫折する。八甲田の生き残りや津上が行軍の調査で関わった人物も黒溝台の会戦で戦死する。会戦の戦闘シーンは迫力があるが、遭難事件の真相の追求は、戦地の戦いの中で中途半端に終わっているきらいがある。
図書館
eエコノミーの衝撃中谷 巌東洋経済新報社H13.
4.8
・・
4.12
 IT革命によって変貌する経済、社会、ビジネスモデルを分かりやすく解説している。産業革命がその後の資本主義社会の飛躍的な発展を可能にしたように、情報革命は21世紀の資本主義社会を大転換させることは間違いない。中間的な流通業者を排除し、顧客と企業が連結することで発生する巨大な生産性の上昇がくると筆者は説いている。
 iモードなどの携帯端末の普及で日米のインターネット普及率は逆転するだろうとも言っている。また、スピィーディな意志決定のため、ピラミッド組織に代わって、フラットな組織が必要となり、中間管理職の存在意義が薄くなるとも。この他、同期入社の同一研修は時代遅れとか、大学改革の必要性を強く主張しているのも興味深い。
 eエコノミーになると、顧客主導型になるとして、セブンイレブンのeエコノミーの過渡的モデルの成功例やアスクルの成功例を詳しく解説し、分かりやすい。また、AOLの例を紹介し、サイバービジネスの台頭を強調されている。ヤフーやソフトバンクの株がめざましい頃に執筆されており、低迷している最近では、やや違和感を覚える。
図書館
北朝鮮
軍と政治
塚本勝一原書房H13.
3.23
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3.28
 北朝鮮人民軍の生い立ちと現状、金日成の主導権争いから主席の制覇、さらに金正日への禅譲とベールに包まれた北朝鮮の内情を掘り下げた内容となっている。朝鮮戦争の中ソとの関係、休戦後の中ソ援助と協力関係、その後の核配備の背景と現状、IAERの特別査察の真相、金正日の人民軍の掌握、現在の人民軍の配備等と興味は尽きない。いずれにしても北朝鮮も、基調は挑戦の統一国家の樹立を目指していることには変わりがないことはよく分かる。
 朝鮮半島の分断には、日本の責任があるのではという議論には、私も興味があり、事実そう捉えている面がある。38度線という地上には存在しない架空の線によって分断したことが、その後の朝鮮戦争を招き、今日まで悲劇を生みだしている。地形的に線引きをすれば、対立ももっと薄まったであろうということには同感である。日清・日露戦争当時に日ソ間で、勢力圏の38度線分割案が討議されていたことは初耳。筆者は日本のポツダム宣言受諾の遅延がソ連の参戦を招き、朝鮮半島の悲劇を生んだ。その責任は日本も負うべきと考えるのも無理のないことだろうと説いている。当時、日本はソ連に停戦の斡旋を依頼している最中だから、遅れたのも仕方がないところもあるのかも知れないと私は考えた。本書の中に日本人拉致に関する記事が全然ないところが気にかかる。
図書館
北京報道700日古森義久PHP研究所H13.
3.15
・・
3.21
 本書は、著者が産経新聞北京駐在特派員として、1998年12月から約2年間滞在した中国の現状について述べている。以下、記憶に残った事柄を記すと、
 NHKの中国関連番組は多いが、撤退勧告を恐れ、中国政府の喜びそうな番組ばかりで、内容が偏向しているとか。法輪功の実態とか、中国国有企業の日本リース企業への代金未払い、ロシアからの新鋭兵器買い付けなどのテーマは、全く手つかず。その裏にはNHKがNHKエンタープライズを経由して出資して、中国国営CCTVとの合弁企業をつくっているからだとも。
 日本の政府開発援助(ODA)最大援助供与先は中国で、1979年以来対中ODA総額は3兆円、また旧日本輸出入銀行の対中資金供与はODAと同額の3兆円で、総額6兆円に達するとか。豪華な北京地下鉄2号線や北京国際空港新ターミナルに建設費の約1/4が日本の公的資金投入なのに、中国側はそのことを報道したことがないから、日本の援助は誰も知らないという。ODAの本来の目的が、中国の貧しい人々の生活水準を上げることだとすれば、首都北京や他の大都市を優先しての援助は、農村地方の貧しい人たちをさらに貧しくしてしまったといえる。しかも中国の軍事を強化して、軍事超大国を目指している中国に対するODAは、見直すべきと筆者は主張している。日本は自国にとって重大な軍事脅威となる相手の戦力を国民の税金で増強していることになると。
 日本企業の対中投資熱がすっかり冷めた要因に、中国市場の内部の特殊性と異質性にあるとか。中国側当局に蔓延する汚職、白昼堂々の大規模な密輸、地方組織が正規の税金や公共料金以外に取り立てる「乱収費」、招いておいて追放のような措置をとる朝令暮改など。密輸の例を挙げれば、日本企業が中国に開設した工場で生産した製品を正規のルートで市場に出すと、同じ工場から密輸ルートで市場に出た自社製品との競争に負けてしまうケースが多い。知的所有権がきちんと保護されず、密輸も大規模で、日本の大手企業はルール違反行為との競争を迫られる。最大のリスクは、当局がかけてくる種々の規制。その規制は、日本側関係者からは「不合理、不公平、不誠実」の「三不主義」と評されているとか。
図書館
トップ・レフト黒木亮祥伝社H13.
2.27
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3.10
 「国際協調融資を巡る邦銀と米国投資銀行との息詰まる国際経済小説」というふれ込みだが少々期待はずれといった感じがする。都銀上位行の富国銀行ロンドン支店次長今西に、日系自動車会社のトルコ・トミタ自動車の現地に向け1億5千万ドルの巨大融資案件が持ちかけられた。資金の使途はイラン工場建設資金。そこへ立ちはだかったのが、元同邦銀の優秀な同僚で、邦銀の対応に悲哀を感じ米国投資銀行のモルガン・ドレクスラーに移った龍花が、元邦銀に対する報復から敢然と単独全額引き受けを目指すが、ロシア経済危機を契機に、投資銀行に対するM&Aが持ち上がり挫折する。結局は富国銀行を主幹事銀行とする国際協調融資団による融資となったが、龍花はトルコ・トミタ自動車の株価操作を行い融資が破綻させようとするが、これにも失敗しやがて飛行機事故で亡くなるというストーリー。
 筆者がディールを追い求める現役の国際金融マンだけに、最近の世界の金融情勢と手に取るように分かるが小説としては迫力に欠ける。世界に名だたる金融機関が実名で登場するため、金融の勉強をするには役立つ。題名の「トップ・レフト」とは、国際協調融資団を取りまとめる主幹事銀行の名は、調印時に作成される「ツームストーン(融資完了広告)」において銀行団の最上段の左端に記され、勝者のしるし。
図書館
仏教伝来
「東洋篇」
梅原 猛
ほか
プレジデント社H13.
2.15
・・
2.23
 仏教が、天竺(インド)からどのように入り、中国仏教が定着していったか、そして、なぜ世界の宗教になり得たのかを、宗教・仏教界の第一人者が詳しく解説してくれる。釈尊はサールナートで5人の青年僧への初転法林を皮切りに伝道の度に出、竹林精舎と祇園精舎を二大拠点として、仏教は広がっていった。仏陀を側面から支えたのが10人の直弟子で、中でもサーリプッタ(舎利弗)は智慧第一と言われ、弟子中では第一人者。般若心経では漢訳で「舎利子」という。
 釈尊の死後、経典の解釈を巡って、様々な部派に別れ、部派仏教時代を迎えた。また釈尊の遺骨はマウリヤ王朝のアショーカ王によって発掘され、細分されインド全域におびただしい仏塔が建てられたということで、これが仏塔の始まりとか。これらの仏塔は在家の信者達によって運営され、彼らは自分たちを菩薩と呼び菩薩団を形成。この中から文学運動が起こり、般若経、法華経、唯摩経、大日経などの大乗経典が次々につくられ大乗仏教教団が形成されていったという。
 中国仏教の仏典漢訳第一人者は、「般若経」、「法華経」、「阿弥陀経」の翻訳をした鳩摩羅什、次いで「般若心経」を翻訳した玄奘三蔵というところか。やはり中国仏教が定着していったのは当時の国王の厚い支援があったからということがよく分かる。また、達磨大師が中国に渡って、禅問答のくだりも面白い。
図書館
大正天皇原 武史朝日選書H13.
2.7
・・
2.12
 大正天皇に関しては、遠眼鏡事件や脳膜炎の風説を聞いていたが、今まで実在にふれたことがないので、本書が発行されたことを聞き、どうしても読みたくなり久しぶりに購入した。大正天皇は明治天皇と権典侍(側室)柳原愛子との間に第三皇子として生まれ、明宮と命名されたが、病弱な体質で8歳になりようやく学習院に入学した。9歳で立太子礼を行い皇太子になったが、病気がちで学習院を中退して個人授業を受けることになり、詰め込み教育−病気の悪化−教育の遅れという悪循環を繰り返し、皇太子も不満をあらわにされた。その後教育方針を変え、有栖川宮を東宮賓友として、皇太子の相談相手とさせた。皇太子は21歳で九条節子(後の貞明皇后)と結婚し、結婚奉告のための両殿下の公式巡啓をきっかけに健康も回復してきたので、有栖川宮のすすめもあり、それ以来全国に単独の行啓が及び明治天皇の代わりに全国を回り、韓国まで訪問した。行啓の計画もしばしば急に変更して、予定外の場所を訪れたとか。
 大正天皇となってからは行幸もスタイルが厳しくなり、お召し列車の敬礼の仕方も確立して、天皇を直接見えなくして現人神化を図っていった。大正8年頃から病状が悪化し、公務にも支障が出るようになった。代わって裕仁皇太子(後の昭和天皇)が外遊、地方巡啓し、皇太子の姿を公然とさらすようになり、活動写真の登場はこの流れを一層加速させ、若くて健康な皇太子を前面に出すことにより、皇室のイメージアップを図り、摂政への布石となっていったのである。
 大正天皇は、病弱なため学業の発達は遅れたが、人間としての感情の発達はけして遅れていなかった。地方行啓でも皇太子時代では、気軽に言葉をかけられ、気さくともいえた。これは、帝王学の教育によって明治天皇のように性格を矯正されなかったから、純粋に感情をそのまま発露させることができた天皇といえる。
 葉山や沼津の御用邸が、皇太子時代の静養先として建てられたこと、東京駅は第一義的には天皇の駅ということを初めて知った。大正天皇が最も信頼を置いていたのが原敬、次いで大隈重信、最も嫌っていたのが山県有朋とか。
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